マーケティングの知識でビジネスの成果は大きく変化――必要なのは学び続ける習慣を身につけること:ITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(2/2 ページ)
マーケティングを学び続けると10年前に学んだ常識が大きく変化していることがある。12年ぶりにゼロから書き起こした書籍で気付いたマーケティングにおける誤解と新たな常識とは。
革新的な商品の初期フェーズでは、ターゲットを絞れ。日用品は、ターゲットを絞るな
顧客ターゲッティングの誤解
米国の経営学者であるフィリップ・コトラー氏は、著書に「マスマーケティングは時代遅れ、ターゲットを明確にせよ」と書いたが、最近では「ターゲットを絞るな」という意見も増えている。『ブランディングの科学』の著者であるバイロン・シャープ氏は、「マスマーケティングはますます重要で、ターゲットは絞ってはいけない」と書いている。また日本のマーケターである森岡毅氏も最新の著書『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』で「コトラーの理論は大部分において有用だが、ターゲティング理論は間違っている」と書いている。
永井氏は、「どちらが正しいのかは、実際にはケースバイケースです。日用品に関してはターゲットを絞らない戦略が正解です。ターゲットを絞り込み過ぎると、本来売れた購買状況を逃してしまうからです。むしろ商品に幅を持たせ、できるだけ多くの購買状況(CEP:Category Entry Point)を獲得するのが、最適な戦略です。CEPを数多く獲得するマスマーケティングを展開することで、市場全体を攻めることができます。 “いつでも、だれにでも販売”がよい戦略です」と話す。
一方、ターゲットを絞るべきときもある。革新的な新商品の初期段階である。革新的な新商品でターゲットを絞らず失敗したのが、約20年前にスティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾス、ビル・ゲイツなどが発表前に”革新的な商品で世界を変える”と言って話題になった「セグウェイ」である。立ち乗りして移動できるセグウェイは、次世代モビリティとして都市住民に広く売ろうとした。確かに技術的には優れていたが、価格が100万円程度と高価で、時速19キロしか出ず、道路交通法の問題で乗れる場所が限られたため広く普及しなかった。同様に「Google グラス」や「3Dテレビ」といった革新的な新商品も、大々的に公開されて広く売ろうとしたが、普及しなかった。
革新的な新商品の場合、むしろ初期段階ではターゲットを絞ることが成功のカギである。インターネット決済サービスの黎明期に登場したPayPalは、eBayのパワーユーザー数千人に3カ月集中して営業することで4分の1のユーザーを獲得し、成長軌道に乗ることができた。Amazonは創業当時は”ネットで物は売れない”と言われていたが、何が売れるかを考えた末に、新刊本に絞りこんで販売して市場を制覇。次にCD販売に絞り込んで販売し市場を制覇し、さらにPCに絞り込んで販売して市場を制覇した。またセブン-イレブンは、最初は江東区の深川地区に絞り込んで店舗を展開し続けて、徐々に拡大して世界を制覇している。
「革新的な新商品を成功させる鍵は、自社製品が受け入れられる市場(TAM:Total Addressable Market)を予め定義して、それを独占して、徐々に広げることです。まずは小さなTAMを定義してそこを独占し、次に周辺のTAMを決めて独占します。さらにその周辺も独占することを繰り返します。Amazonも、Airbnbも最初からこの戦略を実践しています。”シリコンバレーのドン”と称されるピーター・ティール氏は、 “小さな市場から始めよ”と言っています。理由は単純で、市場が小さければスタートアップでも支配しやすいからです」(永井氏)
「API=技術」と思われがちだが、本質は「エコシステムを作る」こと
「API=技術」という誤解
API(アプリケーションプログラミングインターフェイス)は、複数のアプリケーションを連携する仕組みである。例えば、タクシーを呼ぶときに一番使われているタクシーアプリ「Go」には地図機能や決済機能が搭載されているが、これはGoが地図アプリや決済アプリを独自に作っているわけではない。地図であれば「Google マップ」を、決済手段であれば「PayPay」をAPIで連携して呼び出している。逆にGoogle マップの視点で考えると、API経由であらゆるアプリに地図機能を提供できるようになる。
永井氏は、「各アプリがGoogle マップをAPI経由で使えなかったら、各アプリで地図情報システムを作って、データを買って、仕組みを作る必要があります。膨大な時間と労力がかかるので、面倒すぎてこんなことはやりません。でもAPIを利用すれば、8行程度のコードを書くだけで、Google マップを呼び出して使えます。従量課金なので1000回使って2ドルくらいです。同様にカード決済も、以前は金融機関と契約してPCI DSSという決済認証方式を採用し、暗号化処理やエラー処理などをアプリ側で全て実装することが必要でした。2010年に創業したStripeは、数行のコードを書くだけで、ECサイトにカード決済の仕組みを搭載できます」と話す。
「つまりデジタル時代においては、APIは最重要な顧客チャネルになります」と永井氏は言う。企業には、店舗やネット、コールセンターなどの顧客チャネルがある。いまやAPIも重要な顧客チャネルの1つなのだ。APIの話はテクノロジー中心の話に聞こえるが、本質は「顧客に価値を届ける強靱なエコシステム(生態系)を作る」ことである。
このエコシステムの考え方は、API以外の世界でも重要だ。例えばマクドナルドはハンバーガーを作って売る標準化した仕組みをフランチャイズに提供することで、世界に4万店舗を展開している。メルカリも不要なものをスマートフォンで売るC2Cの仕組みの提供で、売り手と買い手、配送業者、決済業者が売上1000億円以上のエコシステムを作っている。
永井氏は、「ここまでご説明したように、最新のマーケティング知識があるかないかで、ビジネスの成果は大きく変わります。必要なのは、マーケティングを学び続ける習慣を身につけることです。個人として学ぶ環境を作ることも大事だし、会社で社員が継続的にマーケティングを学べる環境や仕組みを作ることも重要です。私は仕事に役立つMBAで学ぶようなマーケティング戦略やマネジメント理論の知識を、分かりやすく体系的に、いつでもどこでもオンラインで学べる“永井経営塾”を運営しています。ぜひWebサイトからご連絡ください」と話して、講演を終えた。
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