AIが「身体」を持つ日 経営層に問われる新たな覚悟

AIとリアルを往復せよ エグゼクティブのための"逃げない"マネジメント

 ここまで、私たちは順番に階段をのぼってきました。第1回では、AIが現実世界に出てきて、その失敗はもう取り消せない、という話をしました。第2回では、だから事前に「経営・設計・現場」という3つの層で備えるべきだ、という構造を描きました。第3回では、その構造を回すのは、アーキテクトとスチュワードという「人」だ、という話をしました。

 現実。構造。人。この3つが、そろいました。では、これらは、どう1つの流れになるのでしょうか。最終回は、その全体像を、一枚の絵にして描き切ります。

仕事は、リアルから始まり、リアルへ帰る

 まず、この絵を見てください。

図1:仕事はリアルから始まり、AIを通り、リアルへ帰る

 これからの仕事は、ぐるりと一周する円を描きます。出発点は、AIではありません。リアル、つまり現実です。

 最初に、アーキテクトが動きます。現実の課題を受け取り、目的や条件を定め、AIが扱える形に組み立てます。ここで、仕事はリアルからAIへと渡ります。

 次に、AIが動きます。情報を処理し、答えを出し、選択肢を最適化し、作業を自動化します。ここが、いちばん速く、いちばん効率的な区間です。

 そして、スチュワードが動きます。AIの出した答えを、現実の文脈で見抜き、受け入れるか、直すか、止めるかを決め切ります。ここで、仕事はAIからリアルへと帰ってきます。さらに、現場で得られた気づきは、次の設計へと返っていきます。こうして円は、また最初のアーキテクトへとつながり、回り続けます。

 リアルから、AIへ。そして、AIから、リアルへ。この行き来こそが、これからの仕事の姿です。大事なのは、AIが担うのは真ん中の一区間だけ、ということです。始まりと終わりは、いつも人間の側にあります。

 お気づきでしょうか。この一枚の絵の中に、これまでの3回が、すべて収まっています。円の土台にあるのは、第2回で描いた「経営・設計・現場」の構造です。円を回すのは、第3回で紹介したアーキテクトとスチュワードです。そして、円が現実に触れる場所で問われるのが、第1回の「取り消せない失敗」への備えです。ばらばらに見えた話が、ここで1つにつながります。

AIは「置き換え」ではなく「押し上げ」

 この絵は、1つの誤解を解いてくれます。「AIが仕事を奪う」という不安です。たしかに、消えていく作業はあるでしょう。しかし、この円をよく見てください。人間の仕事は、なくなっていません。位置が変わっているのです。

 これまで、人間の価値は「実行」そのものにありました。手を動かし、作業をこなす。その部分を、AIが引き受けます。すると人間の価値は、その周りへと移っていきます。課題を定める。条件を組み立てる。結果を見抜く。次の一手を決め切る。

 どれも、機械的な作業ではありません。文脈を読み、責任を引き受け、信頼を担保する仕事です。AIがはじき出した数字を鵜呑みにせず、「この現場の事情なら、ここは違う」と見抜く。取引先との信頼を考えて、あえて別の一手を選ぶ。そういう、人にしかできない判断の比重が、増えていきます。AIが実行を担うほど、人間はより人間らしい仕事へと、押し上げられていくのです。

 これは「置き換え」ではありません。「押し上げ」です。この違いを、経営者は、はっきりと言葉にできなければなりません。社員が「自分の仕事はAIに奪われる」とおびえている組織と、「自分はより大事な役割へ移るのだ」と前を向いている組織とでは、これからの数年で、まったく違う景色にたどり着くからです。

どちらにも、逃げない

 さて、ここからが、経営者への本題です。この円を回すには、1つの覚悟がいります。それは、AIにもリアルにも、どちらにも逃げない、という覚悟です。

 逃げ方には、2つあります。

 1つは、AIへ逃げること。「AIが出した答えだから」と、判断を機械にゆだね、都合の悪い結果は現場のせいにする。これは、リアルからの逃避です。

 もう1つは、リアルへ逃げること。「AIなんて信用できない」と、これまでのやり方に閉じこもり、勘と経験だけで押し通す。これは、AIからの逃避です。

 どちらも、逃げです。そして、「責任の空白」を生みます。逃げないマネジメントとは、この2つの逃げを、どちらも選ばないことです。AIの力を認めて使いこなし、同時に、その結果を現実で引き受ける。両方の世界を、行き来し続ける。そこには、2つの世界を見渡す視野と、どちらにも踏み込む度胸が要ります。

責任の仕組みは、足かせではなく土台

 「そんなに責任、責任と言われると、身動きが取れなくなる」。そう感じた方も、いるかもしれません。しかし、話は逆です。

 F1マシンには、市販車とは比べものにならないほど強力なブレーキが積まれています。なぜでしょうか。止まるためではありません。最速で走るためです。確実に減速できると分かっているから、ドライバーはコーナーのぎりぎりまでアクセルを踏み込めるのです。

 責任の仕組みも、同じです。私がWEFの記事で一貫して伝えてきたのは、責任の段取りは、前へ進むことを妨げる足かせではなく、次の時代を支える「土台」だ、ということでした。それがあるからこそ、企業は安心して、AIを大胆に使えるのです。

責任を後回しにする会社は、最初こそ身軽で、速いかもしれません。しかし、規模が大きくなるほど、あちこちに空白が広がり、いつか足をすくわれます。逆に、早いうちから土台を築いた会社が、結局、いちばん遠くまで行けるのです。第1回で「ブレーキの話が抜けている」と申し上げたのは、このためでした。ブレーキは、止まるための装置ではありません。攻めるための装置なのです。

必要性を、弱さに変えないために

 最後に、日本の話をさせてください。

 第1回でお伝えしたとおり、日本は世界でもっとも早く、深刻な人手不足に直面しています。だからこそ、現場のAI化は「やってもいい」ではなく「やらざるを得ない」段階に入っています。

ここに、落とし穴があります。追い立てられて急ぐほど、人は土台づくりを飛ばしたくなります。責任の仕組みなんて、後回しでいい、と。しかし、それこそが、必要性を「弱さ」に変えてしまう道です。

 逆に考えましょう。切実な必要性があるからこそ、日本は、責任の仕組みづくりで世界の先頭に立てる。必要性は、向き合い方次第で、いちばんの強みになります。それを弱さにするか、強さにするか。分かれ目は、土台を築く覚悟があるかどうか、ただ一点です。

「誰のせい?」の答え

 さて、この連載は、1つの問いから始まりました。

 「ぶっちゃけ、AIがやらかしたら誰のせい?」

 その答えを、最後にお渡しします。答えは、こうです。「やらかす前に、誰が責任を持つかを、決めておいた経営者」

 少し刺激が強すぎたでしょうか。しかし、逃げないマネジメントとは、失敗を恐れないことでは、ありません。失敗したその瞬間に、責任の所在がはっきり定まっている。その状態を、あらかじめつくっておくことです。AIと現実を往復する度胸と視野を持つ人だけが、安心して前へ進めます。そして、現実へ帰ってきた結果を、逃げずに引き受ける。その姿勢こそが、人間を、いちばん人間らしい仕事へと、押し上げてくれるのです。

 私は、WEFの記事を、こんな言葉で締めくくりました。

 “現場の例外や制約を、いちばんよく知っているのは、毎日その仕事と向き合っている人たちだ。だから、これからの仕事のかたちを描き直すのなら、その人たちこそが、ペンを握り設計図を書くべきだ”

 AIに、ペンを奪われるのではありません。私たちが、ペンを握るのです。

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AIが「身体」を持つ日 経営層に問われる新たな覚悟

現実世界で稼働し始めた「フィジカルAI」は、画面内のAIと異なり失敗の取り消しがきかない。人手不足で導入が加速する中、不可欠なのは「誰が責任を持つか」という事前設計である。現実、構造、人の3つの観点から、AIと現実を往復するのに必要なマネジメントの全体像を提示する。

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この記事の著者

大野 有生
大野 有生

Nexgen Japan株式会社CEO・物流AIアーキテクト(専門分野:生成AI技術研究・開発、サプライチェーン戦略、地政学・マクロ経済) 大手IT企業・外資系金融企業にてAI・DX・サプライチェーン改革を主導する。生成AIとサプライチェーン戦略を組み合わせた企業向けアドバイザリーを行うと共に、地政学リスク下の供給網レジリエンス設計の研究・講義に従事。

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