日系製薬企業の戦略的トランスフォーメーションの進め方:視点(3/3 ページ)
薬価引き下げ、ジェネリックの台頭など、日本の製薬ビジネスを取り巻く経営環境が今後一層厳しさと複雑性を増していく。
3、コンフィギュレーション・マネジメントで世界に通用する企業体に生まれ変わる
事業スワップとCVC設置という、特に疾患スペシャリストを志向する中規模ファーマーにとって重要な2 つの手段を挙げたが、コンフィギュレーション・マネジメントの目的は、事業・機能・地域軸でのビジネスの組み換えを経てグローバルで戦える姿へと変貌する事である。故に、そもそものありたい姿とそこへ到達する為のストーリーの入念な検討が必要なのは言うまでもない。その点で、国内における成功事例である参天製薬のコンフィギュレーション・マネジメントについてご紹介したい(図D参照)。
2011年、参天製薬は2020年に向けた長期ビジョン、「世界で存在感のあるスペシャリティ・カンパニー」を掲げた。"世界の眼科医療において、価値ある製品やサービスを提供し、事業の規模、質、可能性を含む全てにおいて認められる企業になる"事を宣言しており、眼科という疾患スペシャリストになる事・治療薬の提供にとどまらない周辺製品・サービスも範ちゅうに含む事・グローバルにおいて戦える企業になる事など、自社の競争領域を非常に明確に、かつ多面的に定義している事が伺い知れる。
長期ビジョン策定後、参天製薬は自社の目指すべき姿に到達する為のコンフィギュレーション・マネジメントを極めて戦略的に実行しており、大きくは3つの方向性に分けることができる。
(1)ビジョンにおいて定めた眼科領域における国内基盤を強固にすべく、当該領域への集中およびポートフォリオの拡充を推進。具体的には、2012年Bayerが開発した浸出型加齢黄斑変性治療薬「アイリーア」の国内におけるコプロ契約を獲得しポートフォリオを強化する一方、2015年には当時売上高の約1割を占めていた抗リウマチ薬事業をあゆみ製薬に譲渡し、眼科領域に特化した疾患ポートフォリオを形成した。
(2)また、成長する海外市場への事業拡大をクロスボーダーM&Aや現地法人設立によって積極的に進行。2011年に海外事業強化の為にDBJからの出資を受け入れ、翌年仏の眼科薬メーカーNovagaliを買収。また、2014年には米Merckよりグローバルでの眼科薬事業を買収(除く米国)し、海外事業基盤を整備した。成長著しい東南アジア市場においても、2013~14年に渡って、ベトナム・シンガポール・タイ・マレーシア・フィリピンに現地法人/子会社をたて続けに設置し、世界で戦う準備を整えたといえる。
(3)患者に対する治療薬提供以外の領域(Around/Beyondドラッグ)へもM&Aを通じて参入。2016年に緑内障治療デバイスを開発する米ベンチャーInnFocus社を買収し、治療薬+デバイスを持つことで、より眼科領域において提供できるソリューションを拡充した。今後は予防や診断、予後モニタリングといった眼科領域におけるケアサイクル上での幅広いサービス提供に踏み込む事が予想される。
上記3つの動きに代表される様に、参天製薬は疾患スペシャリストとして掲げたビジョンに則して、M&Aやライセンスインを巧みに駆使したコンフィギュレーション・マネジメントを短期間に次々と実行、それぞれの取組みが連動・相乗的に働いている点が特徴的だ。結果として、高い収益性を維持したまま、売上規模・海外売上高比率を年々拡大しており、世界で戦う疾患スペシャリストへと変貌を遂げている。その他日系中規模ファーマーにおいても、苦しい経営環境を打破しグローバルで再成長を図る上で、コンフィギュレーション・マネジメントの1つの成功事例として参考になる部分が大きい。
4、終わりに
以上、製薬業界におけるコンフィギュレーション・マネジメントの重要性と、その手段・具体的事例について述べさせていただいた。ただし多くの中規模ファーマーにおいては、抜本的なビジネスの組み換えやその際の外部活用の経験が乏しい場合も多いのではないかと考える。当然将来的にコンフィギュレーション・マネジメントを行う仕組みは内在化させるべきだが、最初の一押しには金融機関や外部パートナーを触媒として活用するのも有効ではないだろうか。冒頭で申し上げた通り国内の中規模ファーマーは1つ1つの規模は小さくとも裾野は広く自社で確立した創薬能力を有するため、そうした企業が疾患スペシャリストとして変貌を遂げ世界で活躍することを心から切に願う。
著者プロフィール
服部浄児(Joji Hattori)
ローランド・ベルガー プリンシパル
一橋大学社会学部卒業後、伊藤忠商事、米系戦略コンサルティング会社を経てローランド・ベルガーに参画。東京オフィス勤務の後、上海オフィス、ドイツ本社に在籍。帰国後、武田薬品工業に転じ、シニアディレクターとして経営企画業務に従事。2015年にローランド・ベルガーに復職。東京オフィスのヘルスケア・ライフサイエンス・プラクティスのリーダーを務める。再生医療ベンチャーのネクスジェン株式会社のStrategic Advisorも務める
著者プロフィール
久保慶治(Keiji Kubo)
日本医療機器開発機構
京都大学薬学部・薬学研究科卒業後、ローランドベルガーに参画。成長戦略、M&A/アライアンス戦略、技術戦略などのプロジェクト経験を有する。2017年に株式会社日本医療機器開発機構に転じ、プロジェクトマネージャーとして事業開発全般を担当
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