産業財×IoTによるマネタイズ・イノベーション:視点(4/4 ページ)
「モノづくり力だけでは勝てない」「手元資金はあるが有望な投資領域が見いだせない」、多くの産業財メーカーが抱える共通の悩みではないだろうか。その解決策は?
3、産業財メーカーにとっての取り組み意義
2015年にGEは金融部門の大半の売却を、2016年には日立製作所がMUFGに日立キャピタル持分の一部売却をそれぞれ発表した。産業財メーカーの趨勢(すうせい)としては、金融ビジネスの取り組み意義が薄れ、むしろ切り離すべき対象となっているようにも見える。
ただ、GEの背景を精査すると、金融部門が肥大化しすぎたことが主因であり、あくまで撤退ではなく、事業縮小である点がミソである。航空機関連・医療機器向けなど、自社製造部門を支える金融ビジネスは存続させ、モノづくりの延長線上にある金融機能は手放していない。同じく、日立製作所も、日立キャピタルの持分は売却したが、いまだに33.4%の株式を持ち、経営上の拒否権は確保している。
両社の動きから浮かび上がってくるのは、金融サービスは収益性の低さこそ克服する必要があるが、産業財メーカーの本業を支える機能として、戦略的には重要な位置付けにあるということだ。本稿で論じているように、魅力的なモノ+コト売りのパッケージ提供、すなわち金融的なソリューション力が、競争力を大きく左右する構図になってきているからだ。
金融プレイヤーと競合関係になってしまうことを危ぐするかもしれない。だが、対象アセット自らを製造する産業財メーカーだからこそ、優位なポジションでビジネスを組み立てることができる。自社が組み込んだセンサーや通信端末から得られる各種データを通じて、稼働、機器、生産状況の把握が容易に行えるだけでなく、金融収益に加えて、メンテナンス収益の獲得や製品開発へのフィードバックなど、多元的な収益機会を生み出してくれる。純粋な金融プレイヤーとは、戦う土俵を変えることができる。
そもそも金融プレイヤーを競争相手ではなく、共創相手と捉える方が望ましい。GEや日立が嫌ったように、金融色の強いコト売りビジネスは収益性に難がある。であれば、例えばリース商品の場合、元本から残価を差し引いた純粋なリース部分だけ金融プレイヤーにファイナンスをしてもらい、メンテナンスサービス提供と残価リスク負担のみを行うことも一案だ。貸し出し難に苦しんでいる銀行であれば、知見が乏しいアセットリスクを取ることなく、企業与信で商売ができ、十分受け入れられる余地がある。実際、金融先進国である欧米などでは、リース商品をトランシエ(区分)に分割して、上述のように複数の引き受け手が存在する事例が一般的に存在する。
4、むすび
最近、街では「わ」ナンバーのカーシェア車を見ることが多くなった。クルマをわざわざ所有せず、使いたいときに使えればいい、仮に使えなくても構わない、持っていることに価値を感じない、むしろ駐車場代や保険料など維持費がかかるのは嫌だ、と社会全体のマインドセットが変わりつつあるように感じる。
産業財は、使いたいときに使えなくては問題が発生し、この点では消費者向けのシェアリングサービスとは本質的に異なる。しかし、産業財でも、所有することの価値が薄れ、使用価値に重きがおかれるようになってきたことは不可逆的な時流と捉えるべきだ。モノ売りによってワンショットで資金回収する方が手離れがいいと捉えるメーカーはいまだに多い。使用価値重視の流れをマイナスに捉えず、むしろビジネスチャンスと捉えられるかが、産業財メーカーに求められる喫緊かつ不可避のパラダイムシフトとなろう。
現下の余剰資金の積み上がり、IoT技術の進展、金融プレイヤーとの協業可能性など、新たなマネタイズ手段を通じたコト売りを実現しうる環境は十分に整っている。過去の成功体験・常識に縛られず、一歩先に踏み出せる産業財メーカーが、先行者利益を享受し、デジタル時代の勝ち組企業への切符を手に入れられる。
著者プロフィール
五十嵐雅之(Masayuki Igarashi)
ローランド・ベルガー パートナー
早稲田大学理工学部卒、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(経営学修士)。米国系ITコンサルティングファーム、国内系コンサルティングファーム、三菱商事株式会社を経て、2013年にローランド・ベルガーに参画。WHILL株式会社の戦略アドバイザーを務める。
総合商社、産業機械、公的機関およびサービス業などを中心に、事業戦略立案、新規事業開発、事業計画・投資評価、マーケティング戦略立案・実行支援、組織構造改革などのプロジェクト経験を豊富に持つ。
著者プロフィール
渡邉諒也(Ryoya Watanabe)
ローランド・ベルガー プロジェクトマネージャー
東京大学工学部卒業、東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。米国系投資銀行を経て、ローランド・ベルガーに参画。
電機、自動車、金融機関など、幅広いクライアントにおいて、成長戦略、新規事業戦略、M&A、事業計画評価、コスト削減などのプロジェクト経験を豊富に持つ。
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