存亡の危機感がDX推進の原動力――大日本印刷 金沢貴人氏:デジタル変革の旗手たち(2/2 ページ)
1876年に東京・銀座で秀英舎として発足し、約150年の歴史を持つ大日本印刷(DNP)。現在、DNPグループでは、「未来のあたりまえをつくる。」というブランドステートメントを掲げ、事業戦略、財務戦略、非財務戦略を推進している。取り組みの一環として展開している、DX推進、生成AI利活用、プラットフォーム事業について、ITmediaエグゼクティブ プロデューサーの浅井英二が話を聞いた。
金沢氏は、「2021年には、情報セキュリティ技術をベースとしたデジタルキープラットフォームも開発しています。これにより、物理キーではなく、スマートフォンに格納したデジタルキーを利用して、車のドアを解錠したりエンジンをかけるといった新しいサービスにつながるプラットフォームも展開しています。プリンティングという従来の“ものづくり”に情報技術を掛け合わせることで、いろいろな領域で新たな価値を創出することが可能になりました」と話す。
また、あらゆる年齢やさまざまな言語を持つなどの多様な人たちが、互いに分け隔てなく、リアルとバーチャルの双方を行き来できる「XRコミュニケーション」を実現することで、新しい価値体験と経済圏を創出。2021年より地域共創型の「XRまちづくり」を札幌市や渋谷区で開始し、2022年4月には「バーチャル秋葉原」をオープンしたり、東京都の公立学校に対し、不登校や日本語の指導が必要な児童・生徒に向けて3次元メタバースで居場所と学びの場を提供したりという価値を提供している。
約10年前より、電子書籍を紙の本と同じように、検索、貸出、返却、閲覧できる電子図書館サービスを展開。現在、約8割のシェアを占めている。さらに駅などに設置されている証明写真機「Ki-Re-i」を全国に7400台を展開。撮影した証明写真をクラウドで管理し、スマートフォンアプリとの連動でデータ保存や加工が可能なサービスも提供。アバターによる接客サービスやSNSを利用した電子チラシ、流通向けの情報管理プラットフォームの構築、デジタルマーケティングのサポートなどを提供するストアDXも展開している。
金沢氏は、「DX推進による新たな価値の創出には、印刷技術の応用、発展により事業領域を多方面に拡大していく“拡印刷”というDNPグループが1950年代に明確にした考え方が背景にあります。汎用コンピュータが企業では給与計算や会計などの分野でしか利用されていなかったときに、DNPではすでに印刷の工程に汎用コンピュータを利用していました。このような思い切った取り組みをしなければ、革新的な印刷事業には発展できないという当時の会社の経営判断でした。こうしたDNAが会社全体に浸透しているのがDNPの強みです」と話している。
新しいビジネスモデルの創出はデジタルをベースに考える
現在、DNPグループでは、国内外の約3万6000の社員のうち、メールアドレスを保有する約3万人を対象に、生成AIを業務で利用できる環境と体制の構築に取り組んでいる。取り組みの一環として、2023年12月4日には「DNP生成AIラボ・東京」も開設した。これまでDNPグループで培った生成AIの知見を生かし、社外のパートナー企業とともに生成AIの可能性を探るほか、DNPが開発した生成AIプラットフォームを利活用し、顧客企業とコミュニケーションしながら、そのビジネス課題を解決するための取り組みを推進している。同ラボでは、開設から1年間で約1000件のユースケースを創出し、20件以上の実証実験を目指している。
生成AIの利活用では、AIが生成した答えの精度が重要になる。半世紀にわたりコンピュータで画像、文字、大量データを扱ってきた同社のノウハウが大きな強みになるのは容易に想像できる。DNPグループ内の文書データを構造化し、生成AIに取り込んでAIを再教育することで、より正確な答えを導き出す取り組みも進めている。生成AIの利活用に向けた教育を、eラーニングで実施し、すでに約1万9000人が受講している。
「大切なのは、DXを推進するという発想ではなく、会社を永続的に発展させるためには、既存の事業モデルだけでは生き延びることはできないという危機感を持つことだと考えています。新しいビジネスモデルを創出するためには、デジタルがベースになければ実現できないということも重要なポイントです。DNPグループでは、今後も人と社会をつなぎ、新しい価値を創出することで、持続可能なより良い社会と、より心豊かな暮らしを実現するための取り組みを全社で推進していきます」(金沢氏)。
聞き手プロフィール:浅井英二(あさいえいじ)
Windows 3.0が米国で発表された1990年、大手書店系出版社を経てソフトバンクに入社、「PCWEEK日本版」の創刊に携わり、1996年に同誌編集長に就任する。2000年からはグループのオンラインメディア企業であるソフトバンク・ジーディネット(現在のアイティメディア)に移り、エンタープライズ分野の編集長を務める。2007年には経営層向けの情報共有コミュニティーとして「ITmedia エグゼクティブ」を立ち上げ、編集長に就く。現在はITmedia エゼクティブのプロデューサーを務める。
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