しかし、サステナビリティ経営が企業戦略に組み込まれ、企業活動として定着しているか、というと話は違ってくる。まだ、経営トップの個人的信条によって突き動かされるケース、CSR部門任せのケースも少なくない。2020年代のサステナビリティ経営は、環境問題が企業に与える影響を真正面から捉え、客観的かつ透明性ある戦略アプローチへ不可逆進化しなければならない。
サステナビリティ経営の4類型
もちろん、気候変動に対する距離感は業界ごとに異なる。サステナビリティ経営の在り方も一様に議論すべきではない。一例として、「気候変動の影響度」と「気候変動への取組み度」の2軸4象限による類型化を紹介する。(図A参照)
(A)「前線部隊」
エネルギー業界や自動車業界は、20年以上にわたって気候変動がCEOアジェンダであり続けてきた。CO2排出規制が厳しさを増す欧州は、特にその傾向が顕著だ。自動車業界では、2021年からCAFE(Corporate Average Fuel Economy、企業平均燃費)規制が更に厳格化、適合できなければ巨額の罰金が課される。明確な技術ロードマップと技術革新で自己変革を進めなければ、この厳しい戦いに勝ち残ることは難しい。
(B)「思考停止」
一方、収益構造を直撃する脅威に見舞われていないが故に、環境関連の社会的圧力の高まりに、ただただフラストレーションを感じている業界も多い。しかし、投資家の資産配分見直し、規制強化や競争ルールの変更など、大変動は常に突如やってくる。思考停止することなく包括的なシナリオ・プランニングに取り組み、資源配分の見直しや組織再設計を急ぎたい。
(C)「対岸火事」
まだ気候変動は差し迫った課題でなく、ESG報告以外に特段の対策を求められていない業界もある。とはいえ、無関心は敵。企業経営への影響を見極め、将来の対策を詰めておくことが大切だ。生活者の環境志向も、投資家のESG投資志向も増進こそすれ、減退はしない。対岸の火事を眺めているだけでは、ふと気付くと、投資家からも生活者からも孤立しているだろう。
(D)「炭素探索」
最後に、気候変動の脅威とは一定の距離感を保ちつつも、CO2排出を機会と捉え、収益獲得に能動的に取り組んでいる業界。例えば通信業界。自らは必ずしも環境破壊者ではないが、世の環境対応の大波を捉え、在宅勤務やIoTを訴求、自社技術の拡販に努めてきた。検索エンジンの独Ecociaは、広告収入から得られる利益の80%を植林・森林再生活動を行う非営利団体に寄付することで、Google一強市場を10年超生き抜いている。
気候変動に無傷でいられる業界は一つもない。2020年代の競争優位の確立は、サステナビリティ経営をいかに早く企業戦略に組み込めるかにかかっている、といっても過言ではない。
著者プロフィール
田村誠一(Seiichi Tamura)
ローランド・ベルガー シニアパートナー
外資系コンサルティング会社において、各種戦略立案、及び、業界の枠を超えた新事業領域の創出と立上げを数多く手掛けた後、企業再生支援機構に転じ、自らの投融資先企業3社のハンズオン再生に取り組む。更に、JVCケンウッドの代表取締役副社長として、中期ビジョンの立案と遂行を主導、事業買収・売却を統括、日本電産の専務執行役員として、海外被買収事業のPMIと成長加速に取り組んだ後、ローランド・ベルガーに参画。
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