「問題解決のジレンマ」――「仕事ができるアリ」と「発想が豊かなキリギリス」は真逆の思考をする:ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術(2/2 ページ)
「単に与えられた仕事をこなすだけではなく、自ら能動的に課題を発見していく力が求められる」というのは、昨今業界や職種を問わず言われている。ただしここには大きな落とし穴がある。それは、いままで重要視されていた「与えられた仕事を着実にこなす」ための価値観やスキルと「能動的に課題を発見する」ための価値観やスキルとは、180度相反するものだから。「発想が豊かになる」ためには、単に「これまで以上に頑張る」だけでなく、これまでの価値観を捨て去る必要がある。
1、「貯める」アリと「使う」キリギリス
2、「巣のある」アリと「巣のない」キリギリス
3、「2次元」のアリと「3次元」のキリギリス
これらの「思考回路の違い」は具体的にどのような形となって現れるのか、「アリとキリギリスのチェックリスト」を示しますので、自分や周りの人がどちらの傾向が強いのかチェックしてみて下さい。
次にこれら「3つの思考回路」の違いを1つずつ見て行きましょう。
まず「貯める」と「使う」との違いです。「アリとキリギリス」という言葉を聞いてみなさんがまず思い浮かべるのが、イソップ童話でしょう。夏の間に遊び呆けていたキリギリスは、冬の準備期間になってから一切蓄えがないことに気づいてアリに助けを求めますが時すでに遅しで、「貯める」ことの重要性を唱えたのがこの寓話でした。
ところが現代では、イソップ寓話のこのメッセージが「逆転」することがあり得るのです。それは「変化が激しい」ことによります。貯めたお金の価値が一夜にして変動する(特に価値が下落する)可能性がある環境では、貯めることはむしろマイナスに働くことがありえます。これはお金のことを指していましたが、「知識やノウハウ」の世界でも全く同じことが言えます。過去の知識を重視するアリは「前例」や「他社事例」など、すでに結果の出ている事象を中心に考えます。
技術革新が速く、かつインターネット上にありとあらゆる知識や情報が蓄積されつつある現代では、必ずしも頭の中にどれだけ知識を詰め込んだかということは役に立たず、むしろそれをいかに使えるか(使ったあとはすぐに忘れてしまっても構わない)が重要になってきているとも言えます。常誰も知らないことに目を向けているキリギリスにとってはあくまでも過去の知識は「使ってなんぼ」のものです。
続いて2番目の相違は「巣を中心に考える」かどうかです。
ビジネスにおける「巣」というのは、自ら所属する組織や業界、あるいは事業部や製品カテゴリーといった「特定領域」を意味します。アリの特徴は、全てのものに「線引き」をし、巣の中のことか外のことかを見て、常に巣の中の利益を最大化するように動くことです。ところがこれは、そもそもの巣のあり方を変えなければならない状況では裏目に出ます。「常識と非常識」という線引きも同様で、いまの自分の価値観を中心に考えてそれに反するものは全て排除にかかるというのがアリの思考回路です。
3番目の違いは「2次元のみ」の動きしかしないアリに対して、キリギリスは必要に応じて「跳(飛)ぶ」という、文字通りの「飛び道具」を持って三次元の世界に生きているということです。つまり、キリギリスというのはアリの見えていない世界の視点を持っていることを意味します。これはアリとのコミュニケーションではむしろマイナスに働きます。なぜならアリには「第3の次元」は見えないからです。アリにとってみれば、「今目の前にある仕事」を忠実にこなすのがミッションですから、それ以外の視点は「仕事の邪魔」以外の何物でもないのです。
アリには「いま」の目の前のものしか見えていないのに対して、「時間軸」というもう一つの次元を持っているキリギリスは将来をにらんだ活動をします。ところがその意味がアリには全く理解できないばかりか、自分が見えている「いま」の活動をないがしろにしているようにも見えるのです。
このように、「いま目の前にある現実重視」のアリと「将来をにらんだ理想重視」のキリギリスとでは根本的な価値観や考え方が異なるのです。
アリの巣でキリギリスは跳べない
本稿でいう「キリギリス」はどこの組織にも(少数派ですが)いるはずです。ところが、このような人たちは通常、特に大きな組織の中では力を発揮できないばかりか「迫害を受けている」ことの方が多いのです。会社としての掛け声は「イノベーション」や「自分で能動的に考える」であったとしても、大抵の場合組織というのは本稿でいう「アリ」が最も住みやすい、いわば「アリの巣」になっていることがほとんどです。
逆に言えば、組織を安定的に運営するためには社員のほとんどはアリであることが求められ、昇進する人は「優秀なアリ」であることが多いのです。これはここまでの議論を踏まえれば極めて理にかなっていることであることが分かると思います。
ところがここに根本的なジレンマがあるのです。もうお分かりでしょう。組織というのは、放っておけば時間の経過とともにアリの割合が増えていきます。なぜならアリは「自分の巣を中心に考える」ため、組織の運営に関してはアリの方が重要な役割を担っているからです。これは大きな流れでいえば、川の流れと同様、上流から下流という一方向に流れていき、自然に逆行することはほとんどありません。
アリの巣でキリギリスは跳ぶことができません。次のステップをにらんだ問題発見型の人材を生かすためには、キリギリスが跳べるような環境を用意しなければなりません。そのためにやってはいけないのは、無秩序にアリと混在させることです。ところが実際の組織ではアリの巣にキリギリスを連れてきて「さあ飛べ」と言っているような矛盾した状況が日常的に発生しているのではないでしょうか?
アリの巣から離して活動させる、状況に応じてアリとキリギリスをうまく使い分けるというのがこの「問題解決のジレンマ」をうまく取り扱うためのポイントと言えるでしょう。
著者プロフィール:細谷 功(ほそや いさお)
ビジネスコンサルタント。株式会社クニエ コンサルティングフェロー。東京大学工学部卒業。東芝を経てアーンスト&ヤング・コンサルティングに入社。製品開発、マーケティング、営業、生産等の領域の戦略策定、業務改革プランの策定・実行・定着化、プロジェクト管理を手がける。著書に『地頭力』(東洋経済新報社)などがある。
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