ビジネスアナリシスとサステナビリティ(前編)――なぜいま、ビジネスにサステナビリティが必要なのか:ビジネスとITを繋ぐビジネスアナリシスを知ろう!(2/2 ページ)
サステナビリティが現代のビジネスにおいて不可欠である理由と、組織が抱える構造的課題とは。
4. 企業が直面するサステナビリティへの課題と停滞
企業がサステナビリティを経営につなげる際にいくつかの壁があります。
第1に「SDGs疲れ」です。
掲げる・報告する行為が目的化し、社内の計画や予算、調達、人事評価、成果に結び付かないまま年間行事として消化されると、達成すべき目的と目標が見えず成果に手応えを感じられずに疲弊します。
また、SDGsのPR自体が目的になり、実態を伴わないPRがルーチン化すると顧客側も「SDGsウォッシュ」を感じ、企業からの頻繁なSDGsのPRに対する「SDGs疲れ」を感じます。
そうしますと、企業側もますますSDGs活動に対する手ごたえを感じられずに「SDGs疲れ」を起こす負のスパイラルが起きます。
第2に「やったふり開示」です。
取り組み事例は豊富でも、アウトカム(社会・事業への実際の変化)が示されず、翌年の改善につながる比較可能性が担保されないケースが見られます。
図表はIIRC(国際統合報告評議会)が策定した『国際統合報告フレームワーク』という統合報告書作成の指導原則です。
形がタコに似ていることからオクトパスモデルとも言われています。
「開示」はそれ自体が目的ではなく、あくまでインプット活動であり、言わば「規定演技」です。
大事なことは、開示により課題と目標を言語化し、実際に活動を行い、アウトプットからどのようなアウトカムを実現して社会へのインパクトを与えるかです。
このアウトカムを創る活動こそが「自由演技」であり企業の価値です。
第3に、組織内目標の不整合です。
経営トップは財務と非財務の両立を掲げても、部門目標や係数が衝突して現場が動けないことがあります。
営業は売上、調達は原価、工場は歩留まりをKPIとして課せられているが経営企画は非財務価値の向上をKPIとして課せられる……などの個別最適が並ぶと、全体としてのサステナビリティ目標が実行段階で相殺されます。
全社的なKPIの階層設計、稟議ルート、監督指標、報酬・評価の接続点の設計に整合性が求められます。
第4に、「SDGコンパスの壁」です。
SDGコンパスとは、企業がSDGsを経営戦略と業務運用に統合するための実践ガイドです。GRI・国連グローバル・コンパクト・WBCSDが共同で作成しており、企業が「どの目標にどう貢献し、その成果をどう測るか」を設計するための指針(コンパス)です。
以下の5つのステップで構成されています。
1.SDGsを理解する
自社の事業モデル・バリューチェーンに照らして、SDGs17目標とターゲットの意義を把握します。
2.優先課題を決定する
バリューチェーン全体の正負の影響評価を行い、重要性(マテリアリティ)と事業機会の両面から重点領域を絞り込みます。
3.目標を設定する
選定した重点領域について、定量・定性のKPIと達成期限を定め、可能な範囲で科学的整合性をもたせます。目標を設定し、目標に対する現状を正しく評価することで改善が行えます。
4.経営へ統合する
SDGsはごく一部のチームが出島的に行うものではなく組織として行います。目標を事業計画・投資判断・組織KPI・報酬制度・調達基準などの仕組みに埋め込み、部門横断で実行します。
5.報告とコミュニケーションを行う
取り組みと成果(アウトカム)を継続的に開示し、外部基準(例:GRIやISSB等)との整合させることで、ステークホルダーに対して透明性あるコミュニケーションが行えます。
しかし、SDGコンパスはそのままでは使いこなすのが難しく、統合の指針はあっても、「なぜ自社がやるのか」「何を成果と見なすのか」「どう測るのか」が腹落ちしないと、施策は形骸化します。
SDGコンパスには5つの壁があります。
- 壁1:コンパスはSDGsをやるのが当然の世界的大企業前提。
「なぜやるのか」が腹落ちしないと「やらされSDGs」になり、もっともらしい開示が目的化します。
- 壁2:SDGsゴールが多すぎて何からやっていいのか分からない。
自分たちに求められていること/出せる価値/得られる恩恵が分からない状態です。この状態ではSDGsというゴールに進むための活動が創れません。
- 壁3:自分たちの成果が分からない。
成果の測り方が分からず、何を実現すれば成功と言えるかの目標も見えず、自分たちの立ち位置が分からないために改善活動も適切に行えません。
- 壁4:SDGsがごく一部の人の活動になっている。
一部のチームだけが取り組み、大半の人にとって他人事になってしまいます。
- 壁5:SDGsの取り組みが社会に伝わらない。
市場にも社会にも取り組み内容や成果が伝わらず、世の中から認知されないと疲弊します。
必要なのは、めざす社会像と自社の価値提供を重ね合わせ、自社の言葉で因果を定義することです。
まとめ(前編の結びと後編への繋ぎ)
SDGsはスローガンでもボランティアでもなく、企業の存続と成長に直結する経営テーマです。
いま求められているのは、「Why(なぜ)」や「What(何を)」を超えて、「How to Achieve(どう実現し、どう測り、どう改善するか)」を具体に設計することです。
ESG投資の拡大や情報開示の高度化(GRI/ISSB・IFRS/TCFD/CSRD、Scope1・2・3 など)は、企業に説明責任と実行責任、そして価値創造のストーリーを求めています。
しかし、開示が目的化した「やったふり」や、部門目標の不整合、そしてSDGコンパスで指摘される「なぜやるのか・何から始めるのか・どう測るのか」の不明確さが、取り組みの停滞を招いています。
前編ではSDGs、ESG、CSVなどサステナビリティがなぜビジネスにおいて必要なのか、外部要請と内在課題を整理し、開示対応だけでなくCSVの発想で社会価値と経済価値を同時に高める視点が必要であることを確認するとともに、実際に推進する上での課題を提示しました。
後編 では、IIBAの視点から、BABOKRやビジネスアナリシス・コア・コンセプト・モデル(BACCM)を土台に、拡張版バランススコアカードで社会価値と経済価値を同一フレームに統合し、サステナビリティを価値創造に繋げる考え方を提示します。
著者プロフィール:稲葉涼太(Ryota INABA)
■主な肩書
- TIS株式会社 エキスパート
- 一般社団法人IIBA日本支部 理事
- 一般社団法人PMI日本支部 理事
■プロフィール
大手上場Sier、大手グローバルコンサルティング会社勤務、ベンチャーコンサルティング会社の共同設立等を経て現職。専門は人的資本経営、人事業務、人事システム、プロジェクトマネジメント、アジャイル、SDGs、ESG等。非財務の価値を企業価値向上に繋げる活動を行う。またキャリアコンサルタント、SDG普及ワークショップ、SDGsイベント運営、各種社会課題解決プロボノの主催やPM等のパラレルキャリアを実践。
■主な資格
PMP(R)、CBAP、DASSM(R)、ITコーディネータ、スクラムマスタ/プロダクトオーナ、脱炭素アドバイザー、キャリアコンサルタント、プロティアン認定ファシリテータ、産業カウンセラー等
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