ビジネスアナリシスとサステナビリティ(後編)――ビジネスアナリシスはいかにサステナビリティ課題を解決し企業価値を向上させるか:ビジネスとITを繋ぐビジネスアナリシスを知ろう!(2/2 ページ)
ビジネスアナリシスの知識体系と技法を適用することで、いかに戦略策定から実行・評価までを統合し、企業を変革させるかについて提起する。
4. BABOK知識エリアが導く具体的な実行と評価
「BABOK(ビジネスアナリシスの知識体系)」は初見の人には難しそうに見えるかもしれませんが、要はだれが・いつ・何を・どの基準で・どう測るかを決め、実行→測定→是正を途切れさせないための実務の型です。
ここでは専門用語に偏らず、前章までの流れ(目標設計/接続点の整備)をそのまま現場運用へ落とす要点として整理します。
4.1 実行の“設計図”を固める(要求アナリシスとデザイン定義)
まず、目標を「測れる条件」に分解します。
- KGI/KPIの仕様:対象範囲、算式、ベースライン年、データ源、集計頻度、責任者を明記します。
- 受入基準・最低基準(ガードレール):達成の合否や、逸脱時に必ず着手する是正の起点を決めます。
- 業務・データ・ITの設計:業務フロー、マスタ定義、権限、教育、システム要件をそろえ、現場で解釈が割れないようにします。これにより、目標が“宣言”で終わらず、同じものさしで運用できる状態になります
4.2 運用の“型”を決める(ビジネスアナリシスの計画とモニタリング)
次に、回し方の型を先に決めます。
- 役割・責任と会議体:決める人・報告する人・確認する人を固定し、レビュー頻度を明記します。
- 変更管理・版管理:KPI定義や対象範囲を変える場合は、承認者・理由・適用日を記録します。
- 年次比較可能性:前年と比較できるよう、指標の“ものさし”は安易に変えず、やむを得ない変更はブリッジ計算を用意します。
こうして経営統合で決めた方針が日々の運用に自然に流れ込み、部門ごとの独自解釈を抑えます。
4.3 必要情報を“引き出し”合意をつくる(引出しとコラボレーション)
関係者から要点を確実に引き出し、合意を形成します。
- 前提の擦り合わせ:規制・市場・技術・人材・コスト等の前提を共有し、課題と機会の因果を明確化します。
- 定義の明文化:KPIの対象範囲/算式/データ源/集計頻度/責任者を文書化し、異論点は記録して解消期限を設けます。
- 共有と再現性:決定事項・根拠・論点を一元管理し、部署ごとの独自解釈を防ぎます。
これにより関係者が前提をそろえた形での会話ができます。
4.4 稟議・予算・評価・調達へ“つなぐ点”を設計する(戦略アナリシス)
戦略で決めたことを日々の意思決定に直結させます。
- 稟議:稟議様式に「KPI影響」欄と通過基準を設けます。
- 予算:予算配分ルールにKPI寄与の加点・減点を明記します。
- 人事評価:管理職評価・役員報酬に優先KPIの達成度を反映します。
- 調達:RFP・契約条項に最低基準と是正要求を入れ、サプライヤーとも同じものさしで運用します。
目標を“掲げただけ”にせず整合させることで、前編で課題だった部門間の摩擦も、同一ルールで運用することで減少します。
4.5 実績で“確かめ、直し、次に活かす”循環をつくる(ソリューション評価)
成果を単なる開示ではなく意思決定に使える形に整備します。
- 効果検証:社会(CO?・安全・人権)と財務(売上・ROIC・FCF)を同じ案件・製品単位で並べて比較します。
- 原因分析と是正:差異の要因を特定し、是正計画に落とし込みます。
- 非財務情報の管理会計(インパクト管理会計):非財務KPIを“管理会計”として扱い、翌年度の目標・KPI・予算・調達に必ず反映します。
これにより、報告は次の改善の入力となり、毎年の比較可能性を保ったまま強化できます。
4.6 “決めた要件”をつなぎ直し続けます(要件ライフサイクル管理)
目標・KPI・業務・データ・ITに関する要件は、一度決めたら終わりではありません。策定→合意→実装→評価の各段で整合・追跡・更新を管理します。
おわりに:BAスキルを活用した持続可能な未来への変革
BAの知識・スキル・マインドは、SDGs達成に向けた多様な関係者を結びつけ、合意形成から実装、評価までを一貫させます。前編で提示した外部要請と内在課題は、開示対応の強化だけでは解決しません。
BACCMで「なぜ・何を・どうやって」を一貫化し、SDG Compassの壁をBABOKの知識エリアで越え、デュアル・ノーススターと拡張版BSCで財務と社会の目標を同じ設計図に載せることで、組織の目標・KPI・稟議・評価・予算・調達・販売等がひとつの循環に結びつきます。
ビジネスアナリストは、戦略―実装―評価を1つの言語で結び、財務と社会の2重目標を同一設計図で運用に落とす現場の設計者です。
前編の外部要請と内在課題は、開示対応の強化だけでは解けません。本稿の枠組みをKPI定義と運用接続まで徹底し、報告=意思決定の入力へ変換することが肝要です。
組織を良い方向に変革させる実務の中心として、企業が取り残されることを防ぎ、持続可能な未来への価値提供を現実の成果へと結びつける扇の要となることが今後ビジネスアナリストに期待されます。
著者プロフィール:稲葉涼太(Ryota INABA)
■主な肩書
- TIS株式会社 エキスパート
- 一般社団法人IIBA日本支部 理事
- 一般社団法人PMI日本支部 理事
■プロフィール
大手上場Sier、大手グローバルコンサルティング会社勤務、ベンチャーコンサルティング会社の共同設立等を経て現職。
専門は人的資本経営、人事業務、人事システム、プロジェクトマネジメント、アジャイル、SDGs、ESG等。
非財務の価値を企業価値向上に繋げる活動を行う。
またキャリアコンサルタント、SDG普及ワークショップ、SDGsイベント運営、各種社会課題解決プロボノの主催やPM等のパラレルキャリアを実践。
■主な資格
PMP(R)、CBAP、DASSM(R)、ITコーディネータ、スクラムマスタ/プロダクトオーナ、脱炭素アドバイザー、キャリアコンサルタント、プロティアン認定ファシリテータ、産業カウンセラー等
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