震災/原発対策に戦略がない、では戦略とは?:生き残れない経営(3/3 ページ)
マスコミ報道から知らされる東日本大震災復興、福島原発事故対策に対する政府・与野党・東電の考え方や行動には、誠に残念ながら「戦略」のカケラも見られない。
悲劇は誤解から起こる
「戦略」を誤解したための、経営の悲劇の例を示そう。
「戦略とは、重点主義だ」と喝破した、中堅事務機器メーカーA社のトップがいた。ある時期、A社主力製品の小型記憶装置が市場占有率も高かったが、トップは価格競争の激化を予想して「安く作る」ことに重点を置いた。極限まで原価を絞ったが、低価格競争に追いつけず、海外生産に切り替えた。しかし、やがて国内空洞化、恒常的赤字に転落した。そこには、他社との違いも、シンセシスも、従ってストーリーもなく、どこかで耳にした海外生産というベストプラクティスを頼りに、A社は価格競争の泥沼を突き進んで、自滅した。
「戦略とは、先を読み、歯抜けを防ぐこと」と信じた東証2部上場のSI企業B社のトップは、懐刀の取締役経理部長と共に、2年後に1部上場を目指す計画を作った。B社主力事業の市場拡大とシェア向上を期待して業容拡大を目指し、そこに到るための実施事項を詳細に計画した。しかし実際は、それは単なる目標値を設定したアクションリストでしかなかった。
競合他社との違いもなく、計画の構成要素は互いに独立して静止画の如き様相を呈し、ストーリーが見えなかった。当然市場もシェアも拡大することなく、事業規模は横這い、むしろ縮小傾向だった。B社トップは、方針を変更した。企業規模は小さくても高業績が期待できる優秀企業を目指すことに切り替えた。しかし往々にしてあることで、企業体質が軽くなるよりも、事業規模縮小の方が早く進み、企業業績は急速に悪化していった。
成功した、戦略の例である。中堅のシステム機器メーカーC社の開発部隊は、情報端末機器を開発した。しかし情報機器専門メーカーに出遅れた上に、ハード・ソフト面で先行メーカーとの違いを出すことはなかなかできなかった。そこでC社は、大手事務機器メーカーD社に当該製品のOEM供給計画を持ち込んだ。C社の戦略は、事務機器メーカーや販売店がOAに指向している点に注目して、事務機器販売で圧倒的優位を誇るD社を利用し、売り方(販売ルート)で競合他社の優位に立つこと。
市場にD社情報端末機器が普及するに従ってC社からのOEMであることが認知されて浸透し、やがてC社品質の信頼を得て、C社ブランドの情報端末機器に有利に働くこと。D社はかねてから営業が強いという評判だったので、D社内における営業と設計との関係や営業プロフィットセンターのあり方などのノウハウを吸収し、営業が弱いC社の強化に役立てること。さらにC社内で旧来製品として将来性が期待できず従業員の士気も上がらなかった健康機器の生産ラインに新規の情報端末機器を流し、従業員の士気を高めること、などという戦略ストーリーを描いた。そして結局、C社は情報端末機器事業を成功させた。
さて、そろそろ「戦略」の理解と実行のためのまとめに入りたい。
まず私たちが認識しなければならない第1のことは、日頃「戦略」と思っていた「アクションリスト」「テンプレート」「ベストプラクティス」などは、戦略ではないということだ。
次に、ストーリーが重要ですべてだからといって、データも現状分析も不要というわけではない。楠木教授も指摘するように、「ストーリーをつくる前に、下ごしらえというか、基本的な材料は一通り揃えなければなりません。」現状分析をして、我々の立ち位置、到達すべき地点、あるべき姿、競争環境、市場環境、利用可能な経営資源とその制約条件などがあってこそ、優れたストーリーを作ることができる。「下ごしらえ」の軽視は禁物だ。
さらに最も重要なことは、ストーリーを作ることはトップや経営者の仕事そのものだということだ。企画部門でも戦略部門でもない。彼らが、データや現状分析を取り揃えたり、ストーリーのアイディアやヒントを提案したりすることはありえるが、ストーリーを考え、作成するのは、トップや経営者自身だ。そこが、トップ(経営者)のトップたる所以だ。
なお、楠木建教授の「後知恵」ならぬ「前知恵」の提案を見たいものだ。焦眉の震災・原発対策問題は、格好のテーマになるはずだが……。
著者プロフィール
増岡直二郎(ますおか なおじろう)
日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。
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