データ駆動型経営の現在地と未来(後編)〜企業変革力(DC, Dynamic Capability)強化に向けて〜:視点(2/2 ページ)
組織は常に、長期合理性と短期合理性の不一致、全体合理性と個別合理性の不一致に苦しむ。この不一致を回避するには。
ITバブル崩壊やサブプライム危機に警鐘を鳴らした Robert J. Shiller教授(Yale University)の提唱する「ナラティブ経済学」。ストーリーが個人や企業の行動、ひいては経済を動かす、という。機械学習 /AIが経済学と融合し、経営判断支援から行動変容支援へ進化することを期待したい。
注1:Behavioral Insights (ナッジに代表される行動科学の知見)とTechnologyを掛け合わせた造語
中枢神経の分権化:連合学習
もう一つの進化形は、2017年に Googleが提唱した「連合学習」(Federated Learning)」。 通常の機械学習 /AIがクラウドで中央集権的にモデル学習する(クラウド AI) のに対し、個別デバイスのデータを共有せず、モデルを分権学習(エッジ AI)し、差分情報だけをクラウドに送信、クラウド AIがそれらを集合知(統合モデル)化し、個別デバイスにフィードバックする。
連合学習は、プライバシー保護やセキュリティの観点からクラウド AIに慎重だった業界(金融、医療、防衛など)を中心に拡大。米NVIDIAが 7 つの臨床機関を対象とした乳がん発症リスク予測に活用したところ、個別モデルを平均 6.3%上回る予測精度が得られた、という。また、その即時性の高さから、自動運転技術における車載カメラや LiDAR取得画像の解析、V2V(Vehicle-to-Vehicle:車車間通信)や V2I (Vehicle-to-Infrastructure:路車間通信)、FA(Factory Automation)機器の予兆保全などでも注目される。
他方、企業変革の観点から捉えた連合学習の本質は、組織や企業の壁を超えた「データ駆動型エコシステム」の実現に他ならない。各エッジが帰納思考で仮説検証を繰り返し、現場力を磨きながら“生きた”集合知を蓄積する。従来型の中央集権型演繹思考から生まれる“つまらない”戦略やマイクロマネジメントなど、到底太刀打ちできない。さらに、集合知のバージョン管理にブロックチェーン技術を活用、クラウド AIを廃した完全な分権型 AIへの進化できれば、ティール(Teal:青緑色)(注 2)なエコシステムの実現も視野に入ろう。 (図A2参照)
機械学習 /AIが DIDMに基づく KKD2.0 の基盤となり、その先に行動変容と連合学習をもたらすとき、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(2.0)、工業社会(3.0)、情報社会(4.0)に続く、Society 5.0(注 3)は現実のものとなるに違いない。
注2:Frederic Lalouxの提唱する組織モデル(赤、琥珀、橙、緑、青緑)の一つ。共通の目標に向かって、構成員それぞれが自律分散的に意思決定し、一つの生命体として自己成長し続ける状態
注3:サイバー空間とフィジカル空間を融合し、経済発展と社会的課題解決を両立する人間中心の社会
著者プロフィール
田村誠一(Seiichi Tamura)
ローランド・ベルガー シニアパートナー
外資系コンサルティング会社において、各種戦略立案、及び、業界の枠を超えた新事業領域の創出と立上げを数多く手掛けた後、企業再生支援機構に転じ、自らの投融資先企業3社のハンズオン再生に取り組む。更に、JVCケンウッドの代表取締役副社長として、中期ビジョンの立案と遂行を主導、事業買収・売却を統括、日本電産の専務執行役員として、海外被買収事業のPMIと成長加速に取り組んだ後、ローランド・ベルガーに参画。
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