現場力強化が新興国ビジネスの10年後を決める〜インドネシアを例に飛躍(1/3 ページ)

2013年以降「生産性向上・現場力強化」に関する相談が急増している。なぜ、今、このタイミングなのだろうか。大きく3つの共通した環境変化が背景にあるようだ。

» 2015年03月17日 08時00分 公開
[諏訪 雄栄(ローランド・ベルガー),ITmedia]

 "All of Singapore's growth can be explained by increases in measured inputs. There is no sign at all of increased efficiency" − Paul Robin Krugman

企業レベルでの「生産性向上」への意識の高まり

 ノーベル賞経済学者ポール・クルーグマンは、1994年に「The Myth of Asia's Miracle」と題した論文で、アジア新興国の成長について上記のように評した。すなわち、これまでの成長は資本と労働の投入量の増大によるもので、生産性上昇による成長がほとんどなく、生産性の向上なしには今後の持続的な成長は期待できない、とするものだ。インドネシアは、論文で名指しされたアジア新興国の1つであった。

 それから約20年後の2012 年、ADB は"Indonesia risks falling into the middle-income trap" と題するコラムで、「93年に一度は中所得国に達したインドネシアは、20年後もなお『中所得国の罠(Middle Income Trap)』と戦っている」と論じ、先進国入りするために必要な要素として、インフラの改善やガバナンスの強化と並んで、人材育成の重要性を挙げている。

図A:労働人口1人あたりGDPの国際比較(2011、千米ドル) 図B:海外向け靴製品の生産性比較

 豊富な天然資源を持つインドネシアでは、「オランダ病」という言葉もよく聞かれる。天然資源による外貨獲得に由来する経済成長が多くの雇用を創出しない一方、通貨の上昇を招き、「生産性向上を伴っていない人件費の高騰」を引き起こすため、製造業の国際競争力を殺ぎ、成長が停滞する現象のことだ。

 現在のインドネシアの労働生産性はどの程度のレベルなのだろうか。生産性に関する国際機関であるアジア生産性機構(APO) によると、インドネシアの労働生産性は、労働人口1人あたりGDPの比較で、ASEAN平均を約10%下回り、中国より3割低く、マレーシアの約1/3、日本の1/6 という水準だ(図A参照)。

 また、インドネシアの有力紙Tempoの調査によると、輸出用の靴を1足生産するのに必要なコストは、インドネシアで10.08米ドルなのに対し、中国では7.12米ドルと3割低い。当業種での両国での月給がほぼ同じにも関わらずこの差が生じるのは、インドネシア人は1日に0.8足しか作れないのに対し、中国人は1.1足作れるからだそうだ。2つの指標を勘案すると、インドネシアの労働生産性は、中国より3割程度低い程度、というのが現状の姿と言えそうだ。(図B参照)

 過去20年以上に亘り、「労働生産性の向上」は、インドネシアが解決すべき課題の1つとして指摘され続けてきた。しかし、それはあくまでマクロレベル、すなわち、「国レベル」での話である。ミクロな単位としての「企業レベル」で労働生産性が大きな課題として捉えられるようになったのは、ここ数年、特に2013年以降、というのが筆者の実感である。

 ローランド・ベルガーのジャカルタオフィスにクライアント企業から持ち込まれる相談を極めて乱暴に分類すると、大きく2種類に分けられる。1つは、日系、中国系、欧米系など外資系クライアントからの「インドネシア市場参入にむけた戦略立案」を目的とするもの、もう1つは、既にインドネシアでプレゼンスを持つ外資系企業や地場のコングロマリット企業からの、「生産性向上・現場力強化」を目的とするものだ。

 そして、後者の「生産性向上・現場力強化」に関する相談が急増したのが2013年以降である。なぜ、今、このタイミングなのだろうか。相談を持ち込んできたクライアント企業の経営者の話を勘案すると、大きく3つの共通した環境変化が背景にあるようだ。

 最大の変化は、「右肩上がりの市場拡大に衰えが見え始めた」という点だ。2012年、インドネシアは、アジア通貨危機が発生した1997年以来の経常赤字に転落し、2013年にはGDP成長率が目標の6%を下回った(5.8%)。昨年5月にFRBの量的緩和縮小が噂されて以来、ルピアの対ドル相場は急落し、モルガン・スタンレーによって「フラジャイル・ファイブ(脆弱な5通貨)」という不名誉なグループにノミネートされるばかりか、ルピア安によって、原料を輸入に頼る多くの製造業は大打撃を受けた。その一方で、ジャカルタでは最低賃金が44%引き上げられ、さらに収益を圧迫する。これまで順調に拡大してきた多くの企業が、「減益」「赤字」を強く意識したのが2013年である。(図C参照)

図C:インドネシアのGDP成長率の推移(%)

 2つ目の変化として聞かれるのは、「競争環境の激化」、特に、「中国系や韓国系など低−中価格帯を狙う企業の参入が一気に増えた」という点だ。例えば、韓国にとって、インドネシアはASEANでベトナムに次ぐ投資先になっている。2013年には、製鉄メーカーのポスコが高炉一貫製鉄所を、タイヤメーカーのハンコックが生産工場をインドネシアに建設し、小売のロッテは複合ショッピングモール「ロッテショッピングアベニュー」をジャカルタで開業した。

 世界最大の携帯電話メーカーであるサムスンが、西ジャワに携帯電話の工場を建設する計画を立てているという話もある。経済成長に減速感が見えてきたにもかかわらず、インドネシアに対する海外からの直接投資は過去最高を更新しつづけており、特に最大市場であるジャカルタでは過当競争に陥りつつある、というのが現地経営者の共通認識だ。

       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ITmedia エグゼクティブのご案内

「ITmedia エグゼクティブは、上場企業および上場相当企業の課長職以上を対象とした無料の会員制サービスを中心に、経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。
入会いただくとメールマガジンの購読、経営に役立つ旬なテーマで開催しているセミナー、勉強会にも参加いただけます。
ぜひこの機会にお申し込みください。
入会希望の方は必要事項を記入の上申請ください。審査の上登録させていただきます。
【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上

アドバイザリーボード

根来龍之

早稲田大学商学学術院教授

根来龍之

小尾敏夫

早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授

小尾敏夫

郡山史郎

株式会社CEAFOM 代表取締役社長

郡山史郎

西野弘

株式会社プロシード 代表取締役

西野弘

森田正隆

明治学院大学 経済学部准教授

森田正隆