熱中症対策の氷飲料「アイススラリー」 運動前に体を冷却、認知機能も維持

夏場の運動前の準備が、体を温めるウオーミングアップから、冷やすプレクーリングへと転換中だ。

» 2024年07月29日 09時21分 公開
[産経新聞]
産経新聞

 夏場の運動前の準備が、体を温めるウオーミングアップから、冷やすプレクーリングへと転換中だ。象徴的な手段が「アイススラリー」。微細な氷の粒子が液体中に分散したシャーベット状の飲料で、体を冷やしながら水分と電解質(塩分などのミネラル)を補給して深部体温の上昇を抑え、集中力や判断力といった認知機能の低下を防ぐ効果があるという。この夏、パリ五輪に出場する日本代表選手や甲子園(全国高校野球選手権大会)でも活用されるという。

横田真人さん(手前)のもとに20〜60代ランナーが参加した暑熱対策のセミナー。アイススラリーによるプレクーリングの様子=東京都渋谷区 (重松明子撮影)

五輪や夏の甲子園に採用 工事現場にも

 カチカチに凍ったパウチを手でもみ続けると、熱がスーッと引いてゆく。氷が柔らかくなったところで飲み口をくわえ、手のひらで圧を加えると冷感が喉から胃へと落ちてゆく。暑さでぼーっとしていた頭も、さえてきたようだ。

 「微細な氷が混ざった液体が、効率的に身体の熱を奪います。胃は心臓から全身に流れる血液にも接しているため、脳内の温度も下げて認知機能の活性化や運動継続のモチベーションを改善する作用もある」と、広島大大学院の長谷川博教授(53)が説明した。

 運動生理学が専門。昨年仏で開催された欧州スポーツ科学学会で、アイススラリーによる深部体温上昇抑制と認知機能の維持についての実験結果を発表した。大正製薬との共同研究だ。

 男性アスリート10人に、アイススラリーが溶けた室温(32度)の状態と、冷凍のマイナス4度の2種類を1時間の運動の間に摂取してもらった実験の結果、“常温群”は深部体温が39度を超えて認知機能が低下したのに対し、“冷凍群”は深部体温の上昇が1度近く抑えられ認知機能が維持されていた。「摂取した成分も人も全く同じ。深部体温38.5度で認知機能の低下が始まるといわれており、冷却が有効であると実証できた」と長谷川教授。


 「ウオーミングアップというぐらいなので、運動前には体を温め、冷やすのは良くないとの常識が僕らにはあったが、科学的データをもとに、体を冷やすメリットが実感としても理解されてきている」と、ロンドン五輪陸上800メートルの日本代表、横田真人さん(36)が語る。認識の転機になったのが、5年前に中東・カタールのドーハで開かれた世界陸上だと指摘する。競歩で熱中症による棄権者が続出した。

 現在指導者の横田さんは、アイススラリーを熱中症回避とパフォーマンス維持の2点から活用している。「体温上昇による発汗で電解質が排出され、熱中症で脚がつるなどの障害が起きる。飲む際に両手でもんでください。氷水に手を突っ込んで末端を冷やすことと同じ効果があります」


 前出の長谷川教授が体温調節研究に進む契機は、1993年のカタール「ドーハの悲劇」だ。サッカーワールド杯アジア地区最終予選。当時、横浜国立大大学院生で、中継を見ながら「高温多湿気候のもとでピステ(体温低下を防ぐ服)を着て準備をする選手の姿、ロスタイムに足が止まって失点した場面が目に刻まれた」。2015年から、業務用の攪拌(かくはん)冷凍機を購入してアイススラリーの実用化を探ってきた。

 東京五輪を控えた猛暑対策と並行して企業の商品化も進み、平成30年に大塚製薬が「ポカリスエットアイススラリー」(194円)を、令和3年に大正製薬が「リポビタンアイススラリー」(194円)を発売。

 日本高校野球連盟では「市販品の登場により夏の甲子園では、主催者側から各試合ごとにアイススラリーを用意しています」。今大会でも、選手や審判を冷やしてくれるだろう。

アイススラリーは、微細な氷の粒子が液体に分散した飲料だ(重松明子撮影)

 大正製薬によるとこの夏は、パリ五輪出場選手への提供のほか、大手コンビニエンスストア各社での取り扱いが始まり、工事現場での採用など法人・団体契約も100社を超え、競技を超えた広がりも見える。

 ただし、糖分や塩分が含まれるアイススラリーのとり過ぎには注意。個々の状況に応じて利用したい。(重松明子)

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