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» 2012年01月23日 08時00分 UPDATE

小松裕の「スポーツドクター奮闘記」:なぜスポーツ選手は貧血になりやすいのか?

持久力など身体パフォーマンスに悪影響を与えるため、本来であればスポーツ選手は貧血になってはいけません。しかしながら、貧血になりやすい選手もいるのです。なぜでしょうか。

[小松裕(国立スポーツ科学センター),ITmedia]

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 今年のお正月、箱根駅伝では東洋大学が圧倒的な強さで総合優勝を果たしました。翌日の新聞には東洋大学の選手たちが「食トレ」、すなわち、貧血にならないように定期的に血液検査をして管理栄養士に食事の指導を受けていたことが書かれていました。

 貧血とは「血液中のヘモグロビン濃度が低下した状態」を指します。肺から身体に取り込まれた酸素は赤血球の中のヘモグロビンと結合して身体の隅々の細胞に運ばれます。このヘモグロビンの濃度が低下すると酸素運搬能力が低下するため、パフォーマンス、特に持久力に直接悪影響を及ぼします。ですから、スポーツ選手は貧血になってはいけないのです。

 貧血にはさまざまな原因と種類がありますが、一番多いのが鉄欠乏性貧血です。これは一般の方々でもスポーツ選手でも同じです。赤血球の中のヘモグロビンは食事によって身体に取り込まれた「鉄」を材料にして作られます。出血によりたくさんのヘモグロビンを作らなければならない状態が続いたり、ヘモグロビンの材料である鉄が十分に摂取されていなかったりすると鉄欠乏貧血になります。食事は本当に大切なのです。

大量の汗が体内から鉄分を奪う

 実は、スポーツ選手は貧血になりやすいことをご存じですか。「スポーツ貧血」とも呼ばれますが、大量の汗をかくことによって鉄が失われやすくなることが主な原因です。ちなみに毎日2リットル発汗をすると、それだけで通常生活の2倍の鉄が失われることになります。発汗以外にもランニングによって足の裏で血液が持続的に破壊されたり、消化管、すなわち胃や腸で微小な出血が起きたりして貧血になりやすいという説もあります。

 スポーツ選手は競技能力に悪影響を及ぼすから貧血になってはいけないのに、激しいトレーニングによって貧血になりやすいという矛盾を抱えています。普段から注意を払うことが重要なのです。

 貧血になると、顔色が悪い、疲れやすい、脈拍が早くなるなどの症状が出ます。しかし、特にスポーツ選手の場合には、症状が出てから病院を受診するようでは遅いのです。貧血の程度にもよりますが、鉄分を基に赤血球を作るにはある程度時間がかかりますから、貧血になってから治療を始めたのでは、1〜2カ月もの間、良いトレーニングや試合をすることができません。

 症状が出る前に貧血をチェックするにはどうしたらよいか。それは定期的に血液検査をすることです。ですから、トップアスリートたちは定期的に診察や血液検査を行っているのです。

血液検査で自分の“貧血状態”を知る

 貧血の検査では、ヘモグロビンだけでなく、血清鉄、フェリチンなどの値も大事な検査項目です。血清鉄とは血液の中を流れる鉄分の量、フェリチンは体の中に予備として蓄えられている鉄分の量を表します。身体が鉄欠乏状態になってもいきなりヘモグロビンが低下するわけでなく、まず身体に蓄えられている鉄、すなわちフェリチンの値が低下します(前潜在性鉄欠乏)。

 それが枯渇すると、次に血清鉄の値が低下してきます(潜在性鉄欠乏)。さらに鉄欠乏状態が続くとヘモグロビン値が低下し、貧血になるのです。正常→前潜在性鉄欠乏→潜在性鉄欠乏→鉄欠乏性貧血と進むわけですが、血液検査によって、今どの状態であるかをおおむね判断することができます。「現在は貧血ではないけれど、この状態が続いたらそのうち必ず貧血になるよ」ということを推測できるのです。

正常 前潜在性鉄欠乏 潜在性鉄欠乏 貧血
ヘモグロビン 正常 正常 正常 低下
血清鉄 正常 正常 低下 低下
フェリチン 正常 低下 低下 低下

鉄欠乏の進展

 鉄欠乏性貧血と診断された場合には、治療として鉄剤を投与するのですが、大事なことがあります。飲み薬の鉄剤はたくさん飲んでも必要以上の鉄は便から身体の外へ排泄されますが、注射の鉄剤は余分な鉄が体の外に排泄されないために、どんどん体に蓄積してしまいます。これを「鉄過剰症」といい、鉄が肝臓や心臓などに沈着して障害を起こすので注意が必要です。貧血治療のために一時的に鉄を注射で補うことはあっても、貧血予防のために注射の鉄剤を使うことは避けなければなりません。

 また、トップアスリートの定期的なメディカルチェックでは、診察の際に「今までに貧血と診断されたことがありますか」と必ず聞きます。今までに貧血と診断されたことのある選手は再び貧血になる可能性が高いのです。

立ちくらみと貧血の違い

 その際、よくある回答が「立ちくらみがよく起きて貧血じゃないかと言われました」というものです。例えば、小学校の朝礼などで子どもたちがバタバタと倒れることがあります。それを「脳貧血」と呼ぶことがあるので混同されがちですが、立ちくらみと貧血は医学的には違います。

 貧血はヘモグロビン濃度が下がり血液が薄くなることで、立ちくらみは自律神経が不安定になり頭の血圧を維持できなくなること、すなわち「自律神経発作」です。人間は寝ている状態から急に起き上がると、重力によって頭の血圧が低下するはずですが、自律神経の働き(交感神経と副交感神経)によってそうならない仕組みを持っています。それがうまくいかなくなったのが立ちくらみです。子どもは自律神経が不安定なのでそのような症状がよく起きます。「車に酔いやすい」、「遠足の前におなかが痛くなる」、「お風呂ですぐのぼせる」など誰もが経験のある症状もその仕組みは同じです。心臓や血圧だけでなく腸の動きも自律神経が深くかかわっているからです。

 話がそれました。一流のトップアスリートたちは、自分の身体のことをよく知っています。体調万全でなければ勝負できないこともよく知っています。そのためには、常に自分の身体に注意を払い、体調を万全に保つ努力をしています。だから毎日激しいトレーニングをして、貧血になりやすくても、貧血の選手はほとんどいません。

 一方で、これからトップアスリートを目指す大学生の選手などでは、ときどき貧血の選手に出くわします。強くなる過程で「貧血では試合には勝てない」という当たり前のことを学んでいくのです。それをできるアスリートが生き残るということなのかもしれません。

 今回は医学的な話題を紹介しました。仕事をバリバリ行うためにも、やはり体調管理は大事です。トップアスリートの健康管理から学ぶことは多いのです。


著者プロフィール

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小松裕(こまつ ゆたか)

国立スポーツ科学センター医学研究部 副主任研究員、医学博士

1961年長野県生まれ。1986年に信州大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター内科研修医、東京大学第二内科医員、東京大学消化器内科 文部科学教官助手などを経て、2005年から現職。専門分野はスポーツ医学、アンチ・ドーピング、スポーツ行政。



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