論理学の第一人者であったチャールズ・パースは、演繹、帰納に対する第3の思考法として「アブダクション」を提唱しました。アブダクションとは、既存の情報を分析するのではなく、仮説について推論を重ねながら、「あー、そうだったのか。それならば納得がいく」という未知の因子を明らかにする発想法です。
相手の価値観を推論するための思考は、アブダクションなのです。相手の話す情報をただ聞くだけではなく、対話の中で仮説検証を繰り返しながら、「相手がXという価値観を持っているとしたら、そのような発言がなされることに納得がいく」Xを推論するのです。そのために、まず、相手の話す言葉の中から、価値観に繋がる糸口を注意深く見つけることが必要です。
先ほどの例で、部長は、「業務量が増えているから余裕がなくなっている」という情報に着目していました。しかし、その情報からは、常識的な現状改善にしか向かいませんでした。むしろ、この場面で、部長が気に留めなければならなかったのは、「悩ましい問題です」という課長の発言です。
部長は課長に対して、「何が悩ましいのか?」「どうして悩ましいと思うのか?」と尋ねることが必要です。それに対する課長の返答には、課長の価値観が含まれていると考えられるからです。部長はそれによって、課長がどのような価値観のレンズを通して、自分の課の問題を見ているかを推論することができます。
しかし、その時点での部長の理解は、あくまでも部長の立てた仮説に過ぎません。部長の理解が正しいかどうかは、部長自身には分かりません。部長がその仮説を検証するための方法は、自分の立てた仮説を相手に投げかけ、次に相手から返ってくる言葉を聞くことによって、そこに最初の仮説との「違い」を見出すことです。その「違い」にこそ、価値観を理解するためのヒントが隠されているのです。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授