誰もが毎日行っている「睡眠」という行為。しかし、日本人は世界で最も睡眠が満足に取れていないという。良い睡眠は、生活や体のパフォーマンスをアップさせると睡眠改善のプロフェッショナルスリープコーチの角谷リョウ氏は話す。
ライブ配信で開催されているITmedia エグゼクティブ勉強会に、スリープコーチの角谷 リョウ(すみや りょう)氏が登場。角谷氏は180社以上の企業で10万人以上の従業員の健康サポートを行ってきた、睡眠改善のプロフェッショナルで、オリンピック選手・日本代表選手の睡眠改善も手がけている。2022年4月に発売された「働くあなたの快眠地図」は台湾・中国・韓国で翻訳出版され、ベストセラーとなっている。今回は、角谷氏の最新刊「働く50代の快眠法則」をもとに、「働くリーダーの快眠法則〜睡眠改善で生涯現役バリバリに〜」というテーマで講演した。
日本は、睡眠の研究が最も進んでいる国だという。しかし、日本は世界で最も睡眠が満足に取れていない国でもある。2020年にフィリップス社が世界13カ国、1万3000人に調査した結果、「睡眠について満足している、またはやや満足している」と答えた日本の成人は32%。13カ国中最下位となっている。また、日本は睡眠不調からくる経済損失も世界ワースト1位と言える。経済損失額は−15兆円、GDP比2.92%にも及んでいる。
「この経済損失というのは、睡眠不足によって起こる事故だったり、トータルの労働生産性が下がったりといったことを積み重ねて、−15兆円もの損失が出ているということです。睡眠の研究は世界1進んでいるのに、皮肉にも世界1損失が大きいということですね」(角谷氏)
近年、働き方改革が進み、残業時間は減少してきている。平成23年と令和元年を比べると、残業時間が60時間以上という雇用者の割合は9.3%から6.5%に改善している。しかし、睡眠による休養を十分に取れてない人は、18.4%から22.6%に悪化するという結果になっている。日本人は仕事時間が減った分、別のことに時間を使っているのだ。「ヤクルト1000」に代表される睡眠サポート飲料の市場が急拡大し、社会現象になるくらい、睡眠に悩んでいる人が多いようだ。
「あなたの睡眠は大丈夫ですか? と言われても、自分の睡眠状態がいいのか悪いのか、よく分からないのではないでしょうか。睡眠は入院の検査で調べられますが、簡単には入院はできないですよね。睡眠不調の要素は大きく分けて“睡眠不足” “不眠”という2つがあります。これらは睡眠アンケートテストで簡易計測できます。睡眠不足については“エプワース眠気尺度”、不眠については“アテネ不眠尺度”で調べられます。ネットで検索すると出てきますので、気になる場合は試してみてください」(角谷氏)
20〜50代のビジネスパーソン、男女3万5463人に不眠症判定テストを行った結果、31%の人に「不眠症の可能性が高い」という判定が出ている。その31%の「不眠症の可能性が高い」という人に意識調査を行ったところ、69%の人が「自分の睡眠には問題がない」と思っていたという。
「日本人は“眠れない”とか“夜中に起きる”ということが普通と思っている人が多いようですが、不眠症で睡眠不足が危険なレベルになってくると、うつなど、メンタルの状態も危険になってきますので、注意してください」(角谷氏)
リーダーの睡眠は会社の業績を左右するといわれており、世界的企業では睡眠改善は常識となっている。ビジネスリーダーが睡眠を改善すべき理由は、以下の3点にある。
1つ目は、病気になったり重大ミスを起こしたりできないからで、エプワーステストで睡眠不足の状態について調べ、11点以上という結果になると、居眠り運転のリスクが5倍、心房細動のリスクが4倍、脳血管疾患のリスクが3.3倍、心血管疾患のリスクが3倍となる。睡眠は人間の健康状態に大きく関わってくるのだ。
2つ目は、チームの士気に最も影響するからで、睡眠不調の人に、人は無意識に近寄りたくなくなるという。カリフォルニア大学の研究によると、睡眠が不足していると、相手からは「交流したい」評価が激減し、自分自身が「相手が敵意を持っている」と思い込みやすくなる。また、リーダーの体調やメンタルの状況は、部下への影響が大きいといわれており、直属の上司のメンタルは、同僚のメンタルと比べて4倍も、チームの土気に影響を与える。
3つ目は、メンタルダウンを防ぐためで、睡眠状態が良い人に比べ、慢性不眠の人はメンタルダウンの危険性が40倍高まるという。人間はストレスを感じると、よく寝られなくなる。そこからだんだんとうつ症状へと入っていく。そのため、前段階の「不眠」を解消することで、うつを回避できるようになる。Lifree社の調査によると、不眠レベルが危険レベルに達している人は、うつレベルも危険レベルに入っているという。不眠とうつは相関関係にあるため、メンタルダウンを防ぐためにも、不眠を解消することが大切になってくるのだ。
日本では3つの理由で普通に生活していても悪い睡眠になりやすいという。
1つ目は、日本の夜は世界一明るいためで、海外の電車やコンビニなどの明るさは800ルクスくらいが多いが、日本では1300?1600ルクスくらい(照度計によるLifree社調査)で、この明るさの下にいると人間は覚醒してしまう。また、日本のリビングなどに設置されている照明器具の最低基準は500ルクスといわれるが、この明るさでは人間の睡眠ホルモンが半減してしまう。間接照明などが普及している海外では、室内はかなり暗い状態の家庭も多い。日本では普通に暮らしているだけで、睡眠状態が悪くなりやすいのだ。
2つ目は、日本人は不安を感じやすい「不安遺伝子」の保有率が世界一高いためである。筑波大学の調査によると、日本人の80.3%がこの不安遺伝子を保有していて、アメリカ人は44.5%、南アフリカ人では27.8%というから、その差は大きい。心配や気掛かりなことがあると寝られなくなるという人も多いだろう。不安と不眠は大きく結びついている。
3つ目は、日本人は世界一座る時間が長いためである。2011年のシドニー大学などの調査で、日本は平日の総座位時間が世界一長いというデータが出ている。コロナ禍の前で既にこの状況であるから、テレワークになってさらに座っている時間が増えた人も多いだろう。座る時間が長ければ長いほど睡眠圧が上がらなくなり、よい睡眠が取れなくなり、睡眠不調につながっていく。
日本では特に何もしてなくても睡眠状態が悪くなりやすいので、よい睡眠のための対策が必要になってくる。
●睡眠改善は「アンラーン」と「リスキリング」
睡眠改善を成功させるのは、とてもむずかしいといわれており、睡眠状態をよくするには、朝と夜の習慣や考え方を変えなければならないからだ。
「人間のコアな価値観はなかなか変わりません。コアな価値観の外にある『まあ、このくらいなら変えてもいいか』という部分から変えていき、だんだんと価値観を変えていきましょう。睡眠改善で『アンラーン(学びほぐし)』『リスキリング(新しいスキルを見つける)』を行うことで、コアな価値観を変えていくための練習もできるのです」(角谷氏)
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授