クラウドコンピューティングで企業の戦略はどのように変わるのか。 「戦略IT投資」「社内ITナビゲーター」「IT業界の観点」などの視点から話してもらう。2回目は「戦略IT投資」について。
金融危機の影響もあり、IT投資は依然として削減傾向が強い。日経情報ストラテジーが実施した「IT投資とIT経営推進責任者に関する実態調査」によると、2010年度に向けて状況は好転しているが、前年度対比でのIT投資は増加と減少がほぼ拮抗しており、IT投資に関する不透明感は拭えない。
IT投資全体が減少する中、大部分は既存システムの保守・運用に要している。上記調査によると半数近い企業でIT投資に占める新規開発費の割合が20%に満たない。新規開発費の割合をさらに減少させる企業が半数近くと、依然IT投資の自由度が制約を受ける状況にある。既存システムのコスト削減を勝ち取るために苦慮している企業は多いが、これは、弊社のコンサルティング実務の最前線でも肌で感じ取るところである。
加えて、J-SOX、情報セキュリティ、国際会計基準(IFRS)など、制度案件への対応は不可避であり、さらに戦略IT投資を圧迫する。IT投資全体が抑えられ、小さなパイも既存システムの保守・運用と制度対応で食われる結果、戦略IT投資はごくわずかにとどまるという、望まざる状況にある。
このような難しい状況も昨今始まったものではなく、これまでも企業はITの最適化に向けての取り組みを行ってきた。
A.T. カーニーでは、企業ITの進化を次の4段階で捉えている。Stage-1は部分最適フェーズ。企業内組織の個別ニーズに応じたシステム構築の段階。Stage-2は全社最適フェーズ。社内でのIT投資ポートフォリオマネジメントに取り組み、戦略に応じたIT投資の傾斜配分を志向する。Stage-3は企業間最適フェーズ。企業、または企業グループという従来の枠を取り払って複数企業でシステムを共有化し、IT投資・コストの削減を目指す。
経営統合に際してのIT統合や地方銀行に見られるシステム共同化がこの段階に位置づけられる。そして、Stage-4は社会最適フェーズ。業界などに限定せず広くシステムを共有し社会全体での最適化を目指す。ITのアーキテクチャ、開発手法やベンダー動向が語られがちなクラウドコンピューティングは、企業ITの観点からは進化ステージのStage-4に位置づけられる。
クラウドの基本概念は、通信ネットワークを介し、仮想化技術を活用してシステム資源を共有する、というものである。これは、3つの新たな価値をITユーザーに提供する。低コスト化、スピード向上、知見の移入、である。
1.低コスト化:よく言われるクラウドの効果である。所有から利用へとの変化により、資源の社会的有効活用ができ、企業単位でのコストが削減できる。例えば、甲府市の定額給付金管理システムでは、工期を大幅短縮した上で開発コストが半減。損保ジャパンも顧客情報管理システムをクラウドで構築し、自前と比べ開発運用コストの7割削減を目指す。
2.スピード化:クラウドで提供されるアプリケーションを活用するため、開発が既存システムとのインタフェースなどに限られ、工期が短縮できる。多大な開発初期投資を要するシステム開発に見られがちな、投資意思決定における逡巡も、回避されるだろう。事業・拠点等の展開もよりスピーディに実施することが可能になるだろう。パッケージソフトウェアの導入ではハードウェア・ソフトウェアの調達、カスタマイズなどの初期投資に相当額が発生するため、柔軟性・スピードが大きく異なる。似て非なるものである。
3.知見の移入:クラウドでアプリケーションを活用する、ということは、業務プロセスを外部から移入することとほぼ同義である。これまでは新たに展開すべき業務をスクラッチから作り上げてきたが、クラウド事業者が他企業のシステム開発で蓄えた業務知識を取り込むことが可能になる。トランジションコストが小さく切り替えのハードルが低いために、リスク含みの新たな領域へのチャレンジが容易になる。
クラウドは、固定化したIT投資を解放し新たな重点IT領域への投資を可能にする、新たな業務・拠点の展開のハードルを下げスピードを高める、社外から業務・事業に関する知見を移入することを可能にする、という3つの観点で影響を持ち、IT投資ポートフォリオの自由度を格段に向上させるものである。
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授