未知の国に進出するのだから危険に満ちているのは当たり前。海外進出で失敗するのは本社の戦略がぐらつき、一貫していない時。想定外にいかに対応できるかは本社の能力、そして優秀な人材にかかっている。
ソニーの社内便で、一般地域統括本部長宛に会長室から封書が送られてきました。開けてみると、一枚の白紙に「郡山君 中国で売る商品には、SONYをつけてはいけない。盛田昭夫」と、ただそれだけ、カナクギ流で書いてあります。
当時、わたしは中国を含むアジア地域の統括責任者で、解放経済が始まった中国には、香港経由で大量のソニーテレビやビデオが流入していました。商売に影響があることはもちろんですが、非正式ルートである流入をとめることは不可能に近い。さて、どうしたものかとまず直属の上司である、大賀社長に問い合わせました。「無視しなさい」という答えが返ってきました。
担当常務として、会長と社長の意見が違うときはどちらをきいたらよいか。これは普通の社員が、部長と課長から違う命令が来たときの対応と同じです。そうです、どちらの命令もきいているふりをするのです。わたしは、流入はそのままほっておく一方、中国向けソニー製品につける商標の作製にとりかかりました。
ソニーは中国語で索尼と書かれています。ひもつきの尼さんブランドで、これでは買ってくれる人はいないでしょう。いろいろ研究しているうちに、わたしはアジアの責任者から、全世界のサービスの責任者に異動になり、このプロジェクトはうやむやになってしまいました。盛田氏の手書きのメモは、引継ぎ書類にいれたまま、行方不明になったようです。とっておけば、よかったです。歴史的な記念品でした。
なぜこのようなことを、長々と書いたかといいますと、これは盛田氏のグローバルローカリゼーションの本質を現しているからです。国ごとに違う対応をせよ。商標、知財の権利を認めない国には、それにふさわしい対応をせよ、ということです。中国も解放が進み、権利を認められるようになってきました。
しかし、わたしが中国の会社と技術ライセンスの交渉をしたとき、先方の担当者から、われわれが日本人に漢字の使い方や、米の植え方を教えたときは、金をとった記憶はない。なんでたかだかテレビやビデオの技術料を取るのだ、と言われました。気持ちとしてはもっともです。中国で、権利を主張するのは、一事が万事難しいです。
盛田氏は、各国、違った対応をしながら、ソニー製品を世界中に普及させていきました。優先順位は、徹底して、市場経済をもった先進国です。当時の共産圏諸国には、研究は怠りませんでしたが決して近づきませんでした。
共産主義諸国へは、機会があるたびに、副社長になった樋口晃氏を視察にいかせていました。ソ連や中国の将来を、確かに見据えていたのだと思います。ソ連は崩壊する、中国はやがて解放に向かう、それからでも遅くはない、SONYブランドを大切にしておけば、機会は必ず訪れる、という信念がありました。わたしが暴走して、中国で偽SONYが大量に出回ったら困りますので、とにかく一度はブレーキをかけたのだと、思います。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授