Industry 4.0 10年後を見据えた発展途上の取り組み視点(2/3 ページ)

» 2015年07月21日 08時00分 公開
[長島 聡ITmedia]
Roland Berger

先進企業の取り組み

図B:VWのモジュール化戦略への落とし込み

 欧州における先進企業の取り組みを幾つか見てみましょう。ご紹介する事例の多くは2011年から始まったものではなく、それ以前から積み重ねられてきたものですが、Industry 4.0 のコンセプトの一部を体現した興味深いものです。

 まず、「繋がる」のコンセプトからはモジュール化を取り上げます。モジュール化は、車両の各種性能および品質の向上に貢献するために、各モジュールの繋がりを構造化することを意味します。また、車の様々なシステムを繋げ、機能を担保しつつ、全体の簡素化によるコストダウンを実現するのです。昨今のフォルクスワーゲン(VW)のMQBというモジュール戦略がこれに当たります。(図B参照)

 VWのモジュール戦略は、過去に日本でなされたコスト削減を目的とするモジュール化とは異なり、最初に車に必要な様々な基本性能によって車両アーキテクチャを定義します。次にこのアーキテクチャを様々なモデルで再現するために、バーチャルシミュレーションを活用し、各種モジュールに各基本性能を割り当てていきます。そうして、作られたモジュールを「レゴブロック」のように組み合わせ、VWらしい車を短時間で作り上げるのです。また、モジュールの共通化・標準化を通じて、調達のスケールメリットも獲得できるのです。

 モジュール化の対象は、車両の約60%です。10年スパンの計画で、地域毎に売り出す車の大きさ・タイプ、ブランド、装備や価格を一定の幅で決め、必要要件をモジュールに織り込みます。こうしてモジュールが事前に準備されているので個別モデルの開発期間は大幅に短縮されます。

 また、モジュールには、基本モジュールに加えバリエーションモジュールがあり、スポーティーやコンフォートなど多様な乗り味や仕立てを実現することができます。さらに、VWは設計だけではなく、生産のモジュール化も進めています。MQBモジュールを使ったモデルであれば、どんなモデルでも設備モジュールの入れ替えのみで混流生産できる工場です。

 現在、VWはグローバルで年間400〜500万台のMQBモジュールを使ったモデルの生産を計画していますが、最初につくったMQB工場をグローバル各地にコピー・アンド・ペーストして、グローバルに繋がる先進工場の配備を進めています。将来的には、生産と開発のモジュール化の融合が加速し、受注状況に連動した開発・生産体制の機動的な組み換えが進むと考えられます。

図C:Fordにおける3Dプリンタ活用事例

 次は「代替する」のコンセプトから、これまでの加工プロセスを代替する3Dプリンタを紹介します。今、自動車業界や航空機業界では、バーチャル上で設計された3Dデータを入力するだけで様々な形状の部品を意のままに製作可能な3Dプリンタが活用されています。

 従来製法と大きく変わるのは、製造リードタイムおよび材料使用量です。これまで複雑な構造の金属部品や金型の製造は、切削や研磨などで不要な材料を取り除く「削除製造法」が主流でしたが、3Dプリンタでは材料の素材を薄く印刷しながら積み重ね、所望の形状を実現する「アディティブ製法」を採用します。複雑な形状でも1プロセスでスピーディーな製造が可能となります。

 さらに、加工を容易にするために多くの部品に分割して組み立てる「削除法」に比べ軽量化が可能です。また、素材を追加し積み重ねていく製造法のため材料の無駄や追加加工の工数も省くことができます。弊社では3Dプリンタの利用が今後10年以内に4倍以上へと大きく拡大すると予想しています。

 実際、欧州では、様々な完成車メーカーが3Dプリンタを活用しています。例えば、欧州Fordでは、3Dプリンタで試作品のリードタイムの短縮、加工工数の削減および試作費用の低減を実現しました。(図C参照)既に、3Dプリンタで試作している部品数は年間20,000点に及び、中でも、形状の複雑なエンジン部品の試作で大きな成果を発揮しています。

 例えば、インテークマニホールド(エンジンの空気取入口) では試作期間を4ヶ月から4日に、試作費用を50万ドルから3千ドルに低減しました。試作期間の短縮は性能向上にも大きく貢献しています。実物を使った試験結果との比較検討回数が増え、バーチャルシミュレーションを使った吸入空気の状態解析精度が急速に向上したのです。近い将来にはデスク上に配置が可能な小型の3DプリンタとPCベースのバーチャルシミュレーションを全エンジニアに供給することを計画し、ものづくりの革新を狙っているようです。

 「代替する」のもう一つの事例として、バーチャルパワープラントを紹介します。ドイツでは2012年に総発電量に占める再生可能エネルギー比率が22%にまで上昇しました。ところが、新規参入した多くの小規模発電事業者にとっては、設備の制御および売電システムの構築の手間が重く圧し掛かり、持続可能な事業としての成立性は疑問視されていたのです。

 そうした中、独のエネルギー会社大手RWEと独の産業機械大手Siemensは、小規模発電設備をネットワークで繋いだドイツ初のバーチャルパワープラントを構築しました。これは、多数の小規模な自家発電設備を統合することによって、あたかも1つの発電所であるかのように制御する仕掛けです。

 このバーチャルパワープラントで作られた電力は、欧州の電力卸売市場である欧州エネルギー取引所で販売されます。もちろん、電力の売上は各小規模発電所にもたらされ、RWEには販売代行料Siemensには電力管理システムの使用料が支払われる仕組みです。

 収益化のポイントは、市場の電力需要および市場価格に応じて、バーチャルパワープラントに属する発電設備の発電量や発電プラントミックスを機動的に変更できる点です。まさにIndustry 4.0 の真骨頂です。通常、電力会社と契約したスケジュール・電力量に沿って電力を販売するのに対して、バーチャルパワープラントでは、卸売市場の市場価格を常にモニタリングし、変動の大きい自然エネルギーの発電の落ち込みに伴う電力需要の高まりを見逃しません。

 このタイミングでコジェネ発電の稼動を機動的に高め、高価格で電力を販売し収益を最大化するのです。相場に合わせ各小規模発電所の稼働をリアルタイムに制御できるバーチャルパワープラントならではの業です。昨年の電力販売量は150MWクラスですが、近いうちに200MWクラスへの拡大を見込んでいるようです。

 「代替する」の最後の事例は、デジタル工場です。従来、工場を建てた後に行っていたプロセスを全てバーチャルで代替するという画期的な取り組みです。工場建設から生産ライン立ち上げまで全てを高精度でバーチャル上に再現することが可能となり、実物を用いた建設における手戻りを防止します。

 バーチャル上で生産ラインの組み換えや試運転、そして自動キャリブレーションが可能になり、専門チームの派遣や人の手による調整の工数が大きく削減されるのです。建設前にオペレーターのトレーニングをあたかも装置に触れているかのように行うことも可能です。

 デジタルツールや高度な通信手段を利用することで、工場内の自動化率も向上し、安定的な品質確保、生産の高効率化などを実現します。さらに、運用時の生産機械の状態変化や補修タイミングを予測し、設計に事前に織り込んでおくことで、メンテナンス時間の大幅削減や自動メンテナンスで止まらない工場へと一歩一歩近づいているのです。

 3つ目のコンセプト「創造する」の事例は、自動運転用の地図です。ご承知の通り、自動運転は自動車業界での最重要トピックです。NOKIAの子会社であるHEREは、ロケーションクラウドサービスと名づけた高度運転支援用の地図を提供しています。今後、緊急ブレーキなどの運転支援から段階的に完全自動運転へと移行していきますが、その各段階に必要な情報を広くカバーし、広く完成車メーカー各社の技術・ニーズへの対応を目指しているのです。

 また、安全性を重視する自動車業界に適合する高い精度の地図も差別化のポイントのようです。自動運転には、自車位置の正確な特定に始まり、車両周辺の環境や交通ルールの把握、そしてその中での最適な経路設計や走り方の判断が不可欠です。そこで、HEREは様々な情報をロケーション(=地点)に紐付けてクラウド上に蓄積しています。

 例えば、マップマッチングに必要なランドマークの3D情報、白線検知に必要な白線、レーンの情報、交差点/横断歩道・道路幅・曲率等の道路情報、道路に付随する交通規則、時刻で変化する交通ルール、リアルタイムに変化する路面・道路状況、カーブ等特定スポットでのドライバーの運転性向や危険性情報など多岐に亘ります。

 こうしたデータが揃うことで初めて周辺にスムーズに溶け込む自動運転車が実現できるのです。HEREは、様々な完成車メーカーやサプライヤーと共同開発をしていますが、将来的にはクラウドを通じクルマ同士が繋がり、情報集積が進展、地図の質とサービスが向上していく好循環を作り出そうとしているのです。

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