薬剤師の「タマゴ」をVRで育てる 進化する大学臨床教育のDX

調剤室の内部などを題材に全方向対応の動画を複数制作。薬局に足を運ばなくても視察が行え、学生から「実際に行ったような経験ができた」と好評だ。

» 2023年11月13日 08時54分 公開
[産経新聞]
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 香川県さぬき市の徳島文理大学香川薬学部では、1年生の早期体験学習にVR(仮想現実)教材を活用している。調剤室の内部などを題材に全方向対応の動画を複数制作。薬局に足を運ばなくても視察が行え、学生から「実際に行ったような経験ができた」と好評だ。新型コロナウイルス禍で体験学習が困難になったことをきっかけに、大学教育のDX(デジタルトランスフォーメーション)は進んでおり、臨床教育にも進化をもたらすことが期待される。

VRで学生に見えている調剤室のイメージ画像

「実際に行ったよう」

 薬学臨床教育のうち2年次終了時までの実施が定められている早期体験学習。徳島文理大香川薬学部では1年生32人が2組に分かれ受講。VRゴーグルなどの装置が用意された講義室で4人のグループに分かれ、薬局4社から招いた薬剤師を講師にグループディスカッションなどを行った。

 VRゴーグルによる見学体験は、ツルハホールディングスのレデイ薬局(本社・松山市)と、香川県で展開するトプコグループの辻上薬局が実施した。

顔の向きによって見える調剤室の映像は異なる=香川県さぬき市

 コンテンツは調剤室と、レデイ薬局が香川県で初導入した医薬品自動入庫払出ロボット(BD Rowa Vmax)を撮影した2種類を用意。複数の人がいっせいに視聴できるのがこのシステムの特徴。4人の学生がVRゴーグルを装着し、上下左右の方向に顔を向けると、各自が向いた方向の光景が見られる。各所に機材の名前や作業内容などを示したテロップが表示されている。

 レデイ薬局は松山市内の調剤薬局の店舗とつないでライブ中継研修も行った。薬剤師が調剤室を案内して、薬剤の種類や使用する機材を説明。学生たちからの質問を受けた。

 受講した薬学科の水野あみさん(19)は「実際の薬局の中の様子や雰囲気を体験できてすごく良かった。コロナの影響で実際に行くことができなくても、話を聞いて写真を見るだけでなく、そこに自分がいるかのように薬局の中を見ることができた」。坂下央武(ひろむ)さん(19)は「現場に行かないと見られない箇所や、普段見学に行っても見れない場所はVRだから見られたので参考になった。他の大学ではこのような体験ができないのでとても貴重だ」と話した。

松山市の調剤薬局からライブ中継し、薬剤師と学生がやりとりをした=香川県さぬき市

遠方の疑似見学が可能に

 VR導入について、中島健太郎助教は「コロナ禍でも学生に少しでも医療の現場を見学・体験してほしいという教員の思いから」と説明する。

 コロナ禍前までは製薬企業の工場や病院薬剤部、調剤薬局の実地見学が中心だった。しかし、施設見学は中止となり、各施設から講師を招いた講義の方式に変更された。

 中島さんは令和4年6〜7月頃、大学広報の仕事でVRゴーグルを体験して可能性に気づいた。「どうすれば授業で、限られた教員で、学生に医療現場を疑似体験させられるか」と考え、協力企業を探し出し、VR一斉制御システムの導入に漕ぎつけた。

 中島さんは「従来は1施設2人前後で訪問し、時間も手間も交通費もかかり、引率が大変だった。訪問先の負担も減り、社会における薬剤師の役割を学んで必要な資質や能力について考え、その後の学習意欲の向上を図るという早期体験学習の目的に重点を置けるようになった」と力説する。

 また、大学の地理的条件や教育環境によらず学生に対し平等な早期体験学習の機会を提供できる点を利点に挙げる。「VRコンテンツを充実させれば、いつでも、誰でも好きなときに、日本全国や世界中の医療機関や薬局、製薬工場が見学できる」としたうえで「実践教育DXが進めば教育現場の多くの負担が軽減され、学生への指導・教育により時間を割ける」と、有効性を説く。

 さらに、池田博昭教授は「以前は学生の見学状況を教員が報告書で把握するだけだったが、VR学習は学生が体験している様子を教員が直接確認できる」と指摘する。

ロボット調剤室に潜入

 今後、重要度を増すであろうロボットの学習にも重点を置いた。レデイ薬局の蓬莱哲也薬剤師採用部長によると、導入したロボットは前後に自走し、アームを上下に移動させることで、約2000種類、約5000箱の薬剤を処方箋の通りに用意できる。期限や数量などの自動在庫管理▽ピッキングの時間短縮▽調剤過誤の防止効果−があり、業務効率が上がるという。

モニターに映し出されたVR方式で撮影された調剤補助ロボット

 ロボットが配備された調剤室は通常、人が立ち入ることができないため、VR映像だからこそ動作の様子を臨場感を持って体感できるようになった。

 中島さんは「厚生労働省は、薬剤師の対物業務から対人業務への構造的な転換を提言しており、対物業務はロボットに任せて薬剤師は対人業務に多くの時間を割くようになると予想される」と解説する。

 蓬莱さんは「モノからヒトへ、時代が進化していることを実感してほしい。薬局薬剤師の仕事は患者さまの対応や薬剤調整業務だけではなくなり、薬剤師であっても薬と病気の事以外も勉強する必要性が高まっている」と話した。(和田基宏)

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