連載
» 2011年04月12日 07時00分 UPDATE

女流コンサルタント、アジアを歩く:生産拠点としてのアジア新興国戦略(前編) (1/2)

これまでの記事では、アジア新興国のバングラデシュ、タイ、マレーシアにおいて興味深い産業を取り上げ、わたしが実際に見て感じたことをお伝えしてきた。これらのアジア新興国は、ネクストチャイナ、あるいはチャイナ+1という位置付けで名前が挙げられているわけだが、そもそもチャイナリスクはどこまで迫っているのか?チャイナリスクの回避策としてアジア新興国に進出する場合、何に留意すべきなのか? 本稿および次稿では、アパレル産業を通じて、改めて、それらの点について考察する。

[辻 佳子(デロイト トーマツ コンサルティング),ITmedia]

 テレビのニュースや新聞記事には、何年も前から「チャイナリスク」という言葉が飛び交っていた。中国に依存してきた日本企業や日本の経済活動が中国という国家のカントリーリスクに晒されているというのだ。「チャイナリスク」というと、知的財産権の問題、技術・ノウハウの流出、反日感情による不買運動、不透明な行政手続きなど、さまざまな問題で語られるが、ここ最近で最も多く語られているのは、人件費高騰に伴う生産市場・労働市場としてのリスクである。こうしたリスクは、今、どこまで迫って来ているのだろうか。

東京・銀座で見たチャイナリスク

 1月下旬に一時帰国した際、銀座にある大手百貨店に出掛けた。この大手百貨店は、女性向けのファッション衣料を中心に、ファッション雑貨、生活雑貨などを取り扱っており、女性からの人気・知名度の高いデパートである。わたしは、住まいや職場がこの界隈であるため、この大手百貨店をよく利用するのだが、先日買い物に行ったとき、アパレルメーカーショップの顔なじみの店員さんが面白い話を聞かせてくれた。

 「既にプロモーションしていた服が、中国から納品されないっていうトラブルがあったんですよ。今までこんなことなかったのに。」と言うのだ。その原因や経緯についての詳細は分からないが、チャイナリスクがこんな身近で顕在化していたのだ。中国経済の発展、人件費の高騰によって、中国の受注サイドと日本の発注サイドのバランスが以前と大きく変わりつつあり、それに起因する商取引上のトラブルが生じていることは聞いていたが、この銀座のデパートでそれを目の当たりにするとは思ってもいなかった。

 さらに彼女は続けた。「辻さん(著者)が記事で書いていたように、これからはバングラデシュみたいですね。うちの会社も、中国だけに頼っていると危ないから、バングラデシュに持っていこうって真剣に考えているみたいです。そのほうが安心ですよね。」と言うのだ。わたしは驚いて、言葉を詰まらせてしまった。これまでわたしは、“アジア新興国に目を向け、アジア新興国とともに日本も成長しよう”と、繰り返し主張してきたが、まさに現場ではその必要性を感じている。わたしなんぞが、生産拠点の分散化によるリスク軽減、そしてそれを契機にした消費市場展開をうたうよりも、デパート売り場という現場に立つ彼女が語る言葉のほうが、説得力があるだろう。

中国依存の経緯と現在

 1972年、日中の国交が回復し、日本企業は中国への輸出を進めるとともに、中国を労働市場として捉え、生産拠点を設けるようになった。そして、世界的な不況を受けて安い労働力を求めて、多くの企業が中国への工場進出を本格化させたのは2000年頃である。当然、中国以外のアジア諸国もその対象となり得たわけだが、技術支援・設備支援を強く求め、そして何よりも地理上の好条件であった中国への工場進出を強めていった。

 当初は、労働集約型のローエンド生産拠点としての役割を担っていたが、2004年頃には工場生産拡大期に入り、中国が「世界の工場」とも呼ばれるようになると、部品の製造だけではなく、完成品を製造するメーカーも現れ始めた。それに伴い、工場に部材を提供するサプライヤの中国進出も進んでいった。加えて、中国政府が税制面などで優遇したこともあり、あらゆる製品の製造が中国に集まっていった。

 繊維産業は、他の製造業にも増して、中国への依存が早かった。1990年には中国での生産拡大が始まっている。そして、中国の繊維産業自体が拡大し、2004年には世界の生産高のうち、実に40%を中国が占めるに至ったのである。製品単価が安価で、売上規模が大きくなりにくい繊維産業は、人件費などのコストの削減に最も敏感な産業であり、他の製造業に比べ、中国への依存が早かったことは、いわば当然であろう。

 しかし、だからこそ、繊維産業においてチャイナリスクが最も早く顕在化している。かつては、中国および中国人民から見れば、雇用が創出され、技術・設備の支援が得られたため、安い労働力を求めていち早く進出した日本の繊維産業とWin-Winの関係であった。だが、中国経済が急速に成長し、都市整備が進み、労働賃金が上昇したことによって、この関係が変わった。これまでの条件や仕様では、中国側からお断りされるようになっている。

 今年(2011年)2月、中国に進出している日系の繊維企業が最も悩んでいたことは、“従業員が旧正月の後、工場に戻ってくるか?”であった。旧正月になると、地方から工場へ出稼ぎに来ている従業員たちが、故郷へ帰るのだが、現在の中国では、地方都市も開発が進んでおり、そこには雇用が創出されている。彼らはわざわざ都市の工場に戻らずとも、職に就くことができ、生活を営むことができるようになったのだ。ある繊維企業では、従業員の20%は戻って来ないだろうと見積もっていたが、実際には従業員の30%が戻って来なかったそうだ。こうした事態も既に起こっているのである。

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