障がい者とともに農業の在り方を変える、京丸園の取り組み日本の元気ダマ(1/2 ページ)

京丸園が家族経営から企業経営へと脱皮するきっかけとなったのは、14年前に採用した1人の障がい者だった。

» 2011年12月13日 08時00分 公開
[藤井正隆,ITmedia]

 日本の農業は現在、低所得、高齢化など数々の問題を抱えています。浜松の個人農家だった「京丸園」も同様の状態でした。しかし障がい者の雇用を始めたことから農業と福祉の融合を考えはじめ、売上も向上するようになったのです。

「この子を雇ってください」

 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加への是非を巡って、主に農業の衰退や食糧自給率の低下などの面から論争が繰り広げられています。しかしTPPへの参加の是非以前に、日本の農業は現在、低所得や高齢化、後継者不足、耕作放棄地など数多くの問題を抱えています。

 日本の農業の将来が危ぶまれる中、リーマンショックや東日本大震災後にも業績を伸ばし続ける農業法人が静岡県浜松市の中心地にある京丸園です。京丸園は従業員62人の生産農業法人で、主に水耕栽培でみつばや葉ネギなどを栽培しています。

 京丸園はもともと400年近く続く農家で、現在は13代目の鈴木厚志さんが社長を務めています。以前は個人経営でしたが、2004年に農業生産法人・京丸園株式会社として法人化しました。社名の「京丸園」は60年に1度だけ咲く伝説のぼたん「京丸ぼたん」から名付けられています。

京丸園13代目社長鈴木厚志さん

 鈴木社長は農林短大卒業後に就農し、10年間一心不乱に働きました。しかし今から約20年前、30歳の誕生日を迎えたときに、10年前と何も変わっていないことに気付き愕然とします。当時祖父母、父母、鈴木社長夫妻の6人の家族総出とパート4人で朝から晩まで働いていましたが、実情はしょせん個人農家であり、とても農業経営とは言えない状況だったのです。

 「自分は農作業はやってきたが、農業経営の勉強はしてこなかった。何のために農業をやっているのか、目的やゴールを決めないで人生を過ごし仕事をするのはどうなのか? と自問し、経営を勉強するようになりました」(鈴木社長)。

 そうした経緯もあり、家族経営から企業経営へと脱皮するために、社員の採用を行うことになりました。最近は農業に夢を持って就農する若者もいますが、それでも人数は多くありません。20年前であればなおさらで、パートの募集をしても応募は少なく、高齢者ばかりだったそうです。中には障がい者がお母さんと連れだって応募にくることもありました。

 鈴木社長は当初障がいについての知識がなく、どのように接すればいいのかが分からなかったので、障がい者からの応募をすべてお断りしていました。障がい者には農業はできない、障がい者雇用は大きな会社がすることだとも考えていたからです。

 「面接には大抵、お母さんと障がいを持つお子さんが2人で来られ、『この子を雇ってほしい』と言われます。お断りするとお母さんは深々と頭を下げ『わたしも一緒に働きますから』と言われます。それでもお断りすると『お給料も要りませんから』と言われるのです」(鈴木社長)

 当時30歳の鈴木社長はこの言葉が理解できず、「お金を稼ぐために働くのに、給料が要らないなんてこの人は何を言っているのだろう? このお母さんはおかしいのではないか?」と思っていたそうです。

 最初のお母さんだけだったら、その人がたまたまおかしなお母さんだったのかもしれません。ところがその後も障がい者の応募は続き、お母さんたちは同じようなことを言うのです。中には涙を溢れさせて懇願するお母さんもいました。

 お母さんたちの姿から「人はお金を稼ぐためだけに仕事をするのではなく、この世に生まれたからには自分の力を社会に生かしたい、役に立ちたい」という気持ちがあることを鈴木社長は知らされます。

 そして、彼らがなぜ京丸園に応募にくるのか鈴木社長は不思議に思い、福祉施設の人に話を聞きに行きました。すると、工業界では障がい者が働く場が無くなっていました。機械化や工場の海外移転が進み、部品検査などの仕事が無くなったからです。商業界でも、小売りや飲食の現場でも、障がい者の仕事は無くなっていました。チェーン店化が進み複数の仕事をシステム的にやらなければならないため、マニュアル通りに業務をこなすことが苦手な障がい者は、採用されにくいのです。

 工業や商業では障害者に仕事がない。そこで「農業なら自分の子どもにもできるのでは」とお母さんたちは考えたのです。しかし農業は傍で考えるほど簡単ではありません。そこで鈴木社長はお母さんたちに率直に、農業のイメージを聞いてみました。するとお母さんたちからは「うちの息子は体力だけはあるので、重たい肥料を運べます」「根気があるから草取りもちゃんと教えればできます」といった声が返ってきました。

 お母さんたちは農業の作業を分解し、「この部分なら障がいのあるわが子でもできる」と考えていたのです。しかし鈴木社長は逆に、「農業は職人の世界。全部やらなければ納得がいかないものだ」と考えています。「農業者は、種をまいて立派な農産物を仕立てて、初めて立派な農業者と言われる、草取りだけできても、肥料だけ持てても農業者と言えない」。お母さんたちと鈴木社長との間に、農業に対する認識のギャップがあったのです。

職場が優しい雰囲気になってきた

 お母さんたちとやりとりをするうちに鈴木社長は、「農業も作業分解すれば、いろいろな仕事がある。仕事を分けていけば面白いのではないか」と考えるようになりました。

 「確かに重たい肥料を担いでくれる人がいれば、自分は違う仕事ができるかもしれない。もっと大きな面積で農産物を作ることができるかもしれないと……」(鈴木社長)

 そして、お母さんたちは自分の子どもを農業者にしようと思っているのではなく、働く喜びを感じ、人からありがとうと言われるようになってもらいたい、多くはなくても対価がもらえ、1人でも生活できるようになってもらいたい、と思っていることを知ります。お母さんたちは自分が死んだ後にわが子が1人でやっていけるのかが心配で仕方がない、だからこそ何とかして働かせてやりたいと思っていたのです。

 障がい者は福祉施設に居れば、人に世話をしてもらうばかりです。しかし産業界に居れば、自分の働きが社会の何らかの役に立っていると実感できます。たとえ草1本取ることでも、ありがとうと言われて人の役に立つことは障がい者にとって意味がある。その話を聞いて鈴木社長は、障がいのある応募者を採用することを決断します。さらに障がい者と自信をもって接するために、CL(コーストラクティブリビング)インストラクターという人生を前向きに考えるカウンセリングの資格も取得しました。

 こうした準備をしましたが、障がい者を職場の中に迎えるのは、最初は怖かったと話します。本人たちがいじめられるのではないか、パートが辞めてしまうのではないかと心配だったからです。

 しかし、心配は無用でした。障がい者がいじめられるわけでもなく、パートが辞めるわけでもなく、逆に元からいたパートたちは彼らを支えてくれたのです。

 足の悪い人が後ろを通ろうとすると、椅子を引いて通路を広くする。何か取ろうとして困っていたら、代わりに取って上げる。自分のことをさしおいてでも彼らの世話をしようと、従業員が優しくなっていきました。

 農業は手作業が多い仕事です。出荷のための箱詰め作業などは、みんなで車座になって行います。そして職場が優しい雰囲気になるにつれ、手作業が早くなり作業効率が顕著に上がっていったのです。障がい者の能力は健常者に比べると決して高くはありません。しかし、例え個々人の能力が半分から3分の1しかなくても、障がい者と一緒に作業することで全体の効率が上がるのならば、経営者にとってこんないいことはありません。

 彼らと一緒に働くことで、優しい農園ができるのではないか? 目指している農場ができるのでないか? 鈴木社長は、農業は総合力であると考えるようになったのです。

車座になって作業する京丸園の皆さん
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