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» 2012年04月24日 08時00分 UPDATE

ビジネスイノベーターの群像:ネット証券業界を先導し続けてきた革新者――松井証券 松井社長 (1/2)

今では一般的になったオンライン株取引だが、90年代後半、オンライン取引への特化を他社に先駆けて断行し、ネット証券業界を牽引してきたのが松井証券の松井道夫社長である。婿養子として四代目社長に就任以降、バブル崩壊に続いた金融自由化という経営環境の激変にいち早く適応するべく大胆に事業の刷新と創造を続けてきた。

[聞き手:浅井英二、文:三田真美,ITmedia]

 顧客が必要と認めないコストは、いずれ負担してもらえなくなる――。目前に迫る金融自由化を前に松井氏が抱いた強い思い。それが、外交セールスの廃止からコールセンターによる通信取引への切り替え、さらにはオンライン取引への完全移行につながり、日本初のインターネット証券が誕生した。大手証券にはできない大胆な決断であり、老舗、松井証券の事業の在り方を破壊するビジネスモデルのリストラクチャリング(再構築)であった。

matsui290.jpg 松井証券の松井社長

 「松井証券に入った当時は、バブルのピーク。野村證券をはじめとする大手証券は年間数千億円の利益をあげていた。しかしそれは大蔵省(当時)を頂点とする護送船団方式の下でのこと。大蔵省の決めたことに“右ならえ”するだけで競争をしない業界に無性に腹が立った。消費者にとっての利益などという発想は存在しなかった。」(松井氏)

 海運という異業種から“転職”して経営者となった松井氏は「いつまでも天から札束が降ってくる日が続くわけがない。いずれバチが当たる」と思っていた。まもなくバブルが崩壊するが、環境激変を受けて松井証券の手数料収入もみるみるうちに減少した。当時の社内ではそのうち相場も戻るだろう、という意見が大半だったが、松井氏の考えは違った。

 「自由化はいずれ起こる。その時には、今のままのビジネスのやり方では生き残れない。日々頭を抱える中で脳裏に浮かんだのが“コスト構造の改革”だった。前職の日本郵船では熾烈な国際競争を経験し、コストが価格にすべて跳ね返ると叩き込まれた。コスト構造を抜本的に変えると、ビジネスのやり方も変わる。コストへのこだわりこそ商売だということを思い出した。」(松井氏)

 サービスとそれに係るコストはコインの裏表だ。コスト構造を見直すというのは、サービスを捨てるものと残すものとに区分することである。一律にサービスの質を落としてコストを下げても顧客からは選ばれない。残したものにあらゆる資源を集中して差別化を図るのが重要。そこで辿りついたのが「セールスなんて、顧客は求めていないのではないか」ということだった。証券会社の収益の源泉である“外交セールス”の廃止は、業界ではありえない逆転の発想だった。

 「インターネット専業証券への転換というのは単なる取引ツールの改善に過ぎなかった。電話よりもインターネットを通じて取引する方が、利便性が高いのは当然だから。インターネットが普及するずっと前に、顧客にとって不要な外交セールスを捨て、コールセンターによる通信取引へ切り替えたことこそが、自分の起こしたイノベーションだろう」(松井氏)

自分が創ったビジネスをぶっ壊す

 自由化路線は変わりようがないと確信した松井氏は、外交セールスの廃止に続き、「株式保護預かり料の無料化」(96年)、「店頭登録株式の委託手数料の半額化」(97年)など、法に定められていなかった領域で、業界の慣習・常識を打破する仕組みを提示する。ある意味ではカルテル破りで、自由化後を見据えての決断だった。

 1998年5月、松井証券は、徹底したローコストオペレーションを武器に日本初の本格的インターネット株取引を開始し、自由化後は手数料を大幅に引き下げると新聞で一面広告を打った。ネット取引の特徴のひとつは手数料の安さだが、その標準はいわば松井氏が創ったようなものだ。

 ところが、自由化から数年を経て、自らが先鞭をつけた手数料の引き下げは、松井氏の想定外の変化を生み出した。気軽で簡便な株取引のインフラが整ったことで、人数からするとごく少数の個人デイトレーダーという新しい投資家達の存在感が売買代金ベースで飛躍的に高まったのだ。彼らの取引頻度は高く、手数料に対する感応度が高い。その結果、デイトレーダーを囲い込むための強烈な手数料競争が始まった。

 「自由化前は100万円の売買で1万円程の手数料収入があった。ネット取引が一般化して新規参入が増えてくると、手数料の引き下げ合戦が激化し、今では100万円の売買で200円〜300円まで下がった。でも、手数料を下げてシェアを取るなどということは、猿でもできる。私が始めたビジネスだが、そんなビジネスになってしまったのであれば、新しいビジネスを立ち上げるためにも、いっそのこと全て壊してしまおうと思った。」(松井氏)

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