製法が「作る」ではなく「掛ける」――昔はどの家庭にもあったこの製品が、インターネットを媒介に再び注目されつつある。江戸時代から続く和ろうそくの老舗製造業者「小大黒屋商店」の7代目がネットとビジネスを語る。
先ごろ米国大統領選で民主党のオバマ上院議員が勝利したことは記憶に新しいが、同氏に関連して福井県小浜市がしばしば取り上げられた。また、米国副大統領候補ペイリン氏のメガネが福井県福井市の商品だったことなど、なぜかここ最近福井県が話題に上る機会が増えている。
厳しい市場にありながら、インターネットを活用して成功を収めている地場企業が多く存在するといわれる福井県を取材してきた本連載。今回は、福井県で慶応元年(1865年)から代々続く和ろうそくの老舗製造業者「小大黒屋商店」を訪ね、父親であり6代目でもある大津伊平氏を支える大津竜一郎氏に話を聞いた。
柔らかな炎でわたしたちの生活を古来から支えてきたものといえば、蝋燭(ろうそく)。そんなろうそく、実は大きく2種類に分けられるのはご存じだろうか。
大多数の方はろうそくといえばパラフィンワックスの洋ろうそくを思い浮かべるだろう。だが、そんな洋ろうそくも、電灯の普及により非常用の明かりとしての役割すら奪われつつある。すでに日常生活において、洋ろうそくを目にする機会すらほとんどないという方も多いだろう。
しかし、北陸や中京地域、滋賀県といった地域では、もう1つのろうそく――和ろうそく――が日常の暮らしを彩っている。和ろうそくは、櫨(はぜ)の実の外殻を圧搾して絞った油脂分を、和紙およびイグサで作った芯(しん)の周りにかけて乾燥させたもの。しんは中空で、下から空気が供給されるため、炎が一定とならないのも特徴だ。洋ろうそくと比べると、光が強く、長時間明かりをともすとされている。
ではなぜこの地域で和ろうそくは今でも需要があるのか。それは、仏教文化とのかかわりが挙げられる。この地域では浄土真宗が盛んだが、浄土真宗では金ぱく仏壇を用いることが多い。この金ぱく仏壇は、20〜30年ごとに“洗い”と呼ばれる金ぱくの張り替えが必要となるが、その際に掛かる費用は数十万円と高額である。
洋ろうそくで使用されるパラフィンワックスから出る油煙とすすは、金ぱくを痛めやすい。同じろうそくでも、和ろうそくは油煙も少なく、すすも植物性の原料なので、金ぱくに優しい。結果として、和ろうそくを使用した方が洗いの期間を先に延ばすこととなるため経済的となる。これがこの地域で和ろうそくが用いられる理由だ。
こうした需要の中、小大黒屋商店では自主企画の製造販売と他社への卸売りをなりわいとしてきた。和ろうそくのほかに焼香、線香なども取り扱い、「明かりと香り」という二本柱を基本としている。近年では、「仏事以外の切り口で、生活の中での使い方を提案したい」と「仁」というセレクトショップも開店し、そちらではアロマなども取り入れている。
ここに至るまで一見何の問題もなさそうだが、「産業自体が厳しい局面だと肌感覚で理解している」と大津氏。「斜陽産業であることは間違いないでしょう。ただ、それに伴って業者の数も減っているので、やり続けている側からすると横ばいに見えるだけ」とも。「物産展などに出店すると、お客さまから“これは何に使うのですか”と聞かれることもある」と苦笑いする。
しかしそれでも、老舗の小大黒屋商店は福井県内で大手の地位を確立できていた。ただ、同じ和ろうそくの文化圏でも、隣の石川県ではさっぱり売れない。地域ごとに形や色が微妙に異なるのが理由だが、そんなこともあって「福井県内でしか売れないものなのだろう」といった先入観ができていたと振り返る。
そんな大津氏を鼓舞したセミナー。それが、ふくい産業支援センターが開設していたWeb関連のオープンセミナーである。福井県の中小企業Eビジネス化を推進するために、ふくい産業支援センターの大木哲郎氏が中心となって開設したこのセミナーには、過去この連載で取り上げた企業も参加しており、この参加をもってインターネットという新たなチャネルと向き合うために欠かせない体験だったとそのいずれもが口にしている。
「とにかくしごかれました。『1カ月寝なくても死なない』なんていわれて(笑)。揚げ句の果てには『1カ月以内にこれをやります』とみんなの前で宣言させられて、できなかったら金髪モヒカンとか(笑)。でも、ベストを尽くしてみようという気持ちにはなりましたね」(大津氏)
セミナーの参加前からWebサイトは立ち上げてはいたものの、ここで顧客の視点に立ってサイトを分かりやすく再構築を図った。加えて、サイトへの導線としてオーバーチュアの提供する検索連動型広告「スポンサードサーチ」も導入してみた。
最初は右も左も分からなかったと大津氏。スポンサードサーチに掛けるコストも、講義で耳にした「売り上げの1割」「最初は可能な限り(コストを割く)」を素直に実践した。「そうすると、『お香』というキーワードが高騰してしまったりして。初めは何も分からず、高騰したキーワードをそれでも落札しようとしているうちに月に20万円超えたりしました」と恥ずかしそうに振り返る。
しかし、今になって思えばいい授業料になったとも話す。キーワードの見直しはもちろん、自分たちが本当に訴求したい点を短い言葉で表現する機会を得ることができた。一歩一歩ではあるが新しいチャネルでの立ち振る舞いを覚えていった結果、今では和ろうそくなど厳選したキーワードで小大黒屋商店が表示されている。すでに和ろうそくは最低単価で購入できるほどになっており、それ以外に燭台、絵蝋燭、お灯明といったキーワードを購入し、月額では10万円程度のコストに抑えているという。
GoogleのAdsenseも試してみた。ただ、「商品の性格上年配の顧客が多く、そうした方々はYahoo!から検索されることが多い」ことが分かってくるにつれ、自然とスポンサードサーチに重きを置くようになったという。また、楽天にも出店してみたが、すぐに辞めてしまったと話す。「管理が2重になるのが面倒だったというのもありますが、プッシュ型のスタイルが性に合わないのかもしれません。体育会系のノリというか、オセオセな感じの商売がどうもだめで。共存の繁栄を望んでいないような気がしてしまうんですよ」――売ると買う、そんな関係だけで終わらせたくない。それはインターネットというチャネルでも変わることはなかった。
どういったキーワードをどの程度のコストで買うといったテクニカルな話ももちろん重要だが、と前置きした上で「これまでなら決して交わることのなかったような層に訴求できているという実感があることが何よりうれしい」と話す大津氏。事実、和ろうそくをテレビなどで目にする機会も増えてきた。あるときはドラマ「イケメンパラダイス」で、あるときはNHKの大河ドラマ「秀吉」で、劇中のシーンを鮮やかに彩ってきた。当初大津氏が交わるとは思いもしなかった利用者にまで和ろうそくの文化が届きはじめている。
「ネット専売になるつもりは毛頭ありません。ですが、こういう北陸の地でこういうモノを作っているということを知ってもらいたい」と大津氏。今でもインターネットは怖いもの、と感じているのも事実だが、それ以上に得るものは多いという。
「検索で上位に来ている業者が上位でなくなった瞬間に売り上げ半減なども聞きます。ただ、インターネットという入り口から入ってくるお客さまの多くは、和ろうそくの文化がない方、つまり、何もしなければ決して交わることがなかった層なのです。同業の方と小さなパイの中で争うのではなく、そうした文化を広めていくべきだと思う」(大津氏)
「インターネットが普及してきたという感じはあります。でもまだパソコンが暮らしに完全に溶け込んでいるわけでもない。対面してお客さまの注文をお聞きするのとはやはり隔たりがある」と、それまでの商習慣との違いは認識しつつも、だからといっておもてなしの心が変わるわけではないと話す。
「インターネット経由で注文があると、おかしいなと思うような注文があったりもする。そこで、電話で注文に間違いはないかなどを確認させていただくこともあります。その最後に『電話(での注文)でもいいんですよ』と声を掛ける。何をアナログなと思われるかもしれませんし、一手間二手間多くなるかもしれませんが、それをやらなくなってしまっては商いではないんですよ。電話/FAX大歓迎という文字列をサイトに記しているのは当然のことです。大切なお客さまとの窓口がメールだけなのはおかしいでしょう」――太く短くではなく、細く長く。明日売り上げが倍にならなくてもいいから、今の売り上げを維持して、顧客とずっとつながっていきたい。商人(あきんど)の姿勢を見せられたような気がする。
ビジネスのあり方もまるでろうそくの炎に時代によってゆらゆらと移り変われる。しかし大津氏は「やり方が変わったとしても、心は変わらない。わたしたちの心は、あかりと香りの文化と伝統、これをはぐくみ、後世に継承していくことなのです」――揺るがない信念でインターネットを活用する老舗企業からは学ぶことが多い。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授