「従来の災害BCPとパンデミックBCPとの違いは大きく分けて3つある」と説明するのは、野村総研のシステムコンサルティング事業本部ERMプロジェクト部の上級システムアナリストの宗(むね)裕二氏だ。2009年1月13日に開催されたNRIメディアフォーラムで宗氏はパンデミックBCP策定のポイントについて解説。異なる点の1つ目に、パンデミックBCPは公共施設の閉鎖や事業自粛が長期間継続するということを挙げた。1918年にスペイン風邪が蔓延した際、米国のセントルイス市では、映画館や学校等の公共施設を閉鎖したことで感染拡大を最小限にできたことから、不要不急の事業は自粛することが常識となった。ただ、成功したセントルイス市の場合でも2カ月、対策に失敗し被害を拡大したフィラデルフィア市では3カ月に及ぶなど、事業自粛期間が長期に継続するのは災害BCPにはない特徴だ。
2つ目は、災害BCPは施設や設備の被害を想定するが、パンデミックBCPでは人的リソースの減少を想定する。人材不足は他の経営リソースにも影響を及ぼし、資金の流通やサプライチェーン、インフラ、サービス、生産活動などがマヒする危険性を高める。
「災害BCPでは電気、水道、ガス、通信などのライフラインの維持が重要課題だったのに対し、パンデミックBCPではライフラインのほかに自治体や医療、消防・警察、福祉、金融、情報システムといった『社会機能維持事業者』が重要になる」と宗氏は説明する。不特定多数の人が集まる場や機会を提供する事業者には事業自粛が求められる半面、社会機能の維持に必要な事業者には事業継続を要請されることになるわけだ。
3つ目は事業継続のパターンの違い。従来のBCPでは業務やシステムが突然ダウンし、徐々に復旧させていく計画を立てるが、パンデミックBCPは海外での発生から国内への侵入まで1〜2週間のタイムラグがあり、その"猶予期間"でなにができるかがその後の事業継続と復旧までのシナリオを大きく変えるという。そのため、パンデミックBCPの事業影響度分析(BIA)ではそのチャンスを活かし、業務停止状態が長期化することを念頭に置いて、重要度が増す業務の継続や停止すべき業務を正しく分析することが重要となる。
「海外で発生した後に国内に拡大し、次第に沈静化していくといった刻々と変化するシナリオの中で、経営者は時々のタイミングで適切な判断が求められる」と指摘する宗氏は、危機の継続状況、人的リソース、停止業務の範囲などに注意しながら、従業員や顧客への感染リスクの回避、社会的責任、企業経営を考慮した事業継続の計画を練ることが必要だという。例えば、キャッシュフローの確保、確定している支払いの前倒し、在庫の積み増し/削減などを実施することインパクトを最小限に留めることができるという。
だが、事業継続と社員の安全確保のどちらを優先するのかといったことや、損失の拡大防止と企業の社会的責任はどこまでやるべきか、さらには社会機能維持の義務と社員のモチベーション維持といった、それぞれに相反する要因をどのように折り合いをつけていけばいいのかが、パンデミックBCPの大きな課題だという。
「社会機能維持企業でも全部の業務を継続していくことは無理。どの業務が止められるのかの視点で考えるべき」という宗氏は、顧客に提供するサービスを基軸に、そのサービスを支える機能を細分化して、個々に業務停止の影響を優先順に分析していくことで、停止する業務を絞り込んでいけばいいとアドバイスする。
また、在宅勤務や時間差勤務などに対応するため、ペーパーレス化やシステムによる内部統制の実施、代替要員の教育や最小限の人員でも業務を継続できるようにしておくなど、日頃からワークスタイルを変える努力も必要だという。
さらに、社員のモチベーションを維持するためには、顧客や社員同士が隔離される環境の構築や、マスク・ゴーグルの支給、業務継続に貢献した社員の表彰やインセンティブの設定などが必要となる。
「大事なのは、これらの対策を事後ではなく事前に設定しておくこと」(宗氏)
NRIによると、大手金融機関の中には1万台のシンクライアントを導入して在宅勤務環境を構築し、パンデミックに対応しようと考えている企業もあるという。ただし、コンプライアンスの維持や、情報漏洩の危険性、そもそもパンデミック時にネットワークが機能するのかといった懸念も残されている。BCPの対策だけで在宅勤務を導入するのは困難と考える企業も多く、平時においても在宅勤務の有効性や安全性のメリットを確保できることが導入の条件になるという。
パンデミック対策は始まったばかり。経済的損失や対策費用の試算はバラバラの状態でみな手探りの状態といえる。対策期間中、社員全員に毎日マスクを3枚支給するだけで、数億円の費用がかかる企業もあるというから、その影響は少ないものではないことは確かだ。
とはいえ、IT業界を含めた社会機能維持企業はパンデミック時にその存在意義が試される。今後、厚生労働省や内閣府など関係省庁と専門機関などが積極的に連携し、危機管理体制を盤石にするとともに、企業や事業者への支援体制の構築も急務となっている。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授