営利を目的とする企業が、果たしてすべてに優先して「顧客第一」を考えられるのか。本音の議論をしてみたい。
増岡直二郎氏による辛口連載「生き残れない経営」のバックナンバーはこちら。
「顧客第一」「顧客のため」――。市場で大事故を起こすたびに企業のトップはオウム返しのように繰り返す。そんなセリフを繰り返しているから、いやそういう思考をしているから、事故が後を絶たないし、処理を間違え、世の痛烈な批判を浴びるのだ。営利を目的とする企業が、果たしてすべてに優先して「顧客第一」を考えられるのか。
今回は、市場事故の対処の仕方について一般にされている議論とは、あえて視点を変えた議論を試みたい。それは、本音の議論である。
先般のトヨタ自動車のリコール問題が、好例である。2月5日にメディアの前に登場したトヨタ自動車の豊田章男社長は記者会見で「米国内のトヨタ批判にどう対応するのか」と問われ、「真摯に対応する。より顧客目線を重要視し、お客様を第一に置く」と答えた。同じ席上で、副社長は「プリウスに起こる問題を解説してほしい」といわれ、「・・・・・・。今後も包み隠さず正々堂々とやっていきたい」と応じたという(2010年2月6日付け日本経済新聞)。世の中の論調も、同じようなことを主張している。
2月24日に米下院で開かれた公聴会に豊田社長が出席をした直後、日本経済新聞の社説は「顧客第一、安全第一の原点に立ち返り・・・・・・」と説いている(2010年2月26日)。あるいは、インターネット上には「企業の社会的責任を問う」論調が目立つ。
慈善団体でもない、ボランティア活動団体でもない企業が、顧客をすべてに優先して経営していけるはずがないし、業績に先んじて社会的責任を考える余裕もないのが実態だろう。また、「正々堂々」という表現はこの場面ではふさわしくないし、それまでのトヨタの対応から「今後も・・・・・・」などととても口にできることではない。それらの発想がいかに問題か、またどうするべきかを、筆者の経験を交えながら考えてみたい。
筆者がコンサルティングに入ったA社が、電気製品で火事故を起こした。ある一般家庭の壁を少し焦がしただけだったが、A社にとって不幸なことに消防自動車が出動する事態になった。結果的にそこまでの大ごとではなかったことがA社の緊張感を欠くことになったようだ。A社の品質保証管理部は、事故のもみ消しに走ったのだ。品質保証管理部の要員は、所轄の消防署に駆け込み、新聞沙汰になるのを恐れて社内の広報部に手を回した。数日間にわたり、しかるべく対策を取らず、あらぬ方向に要員を振り向けた。
彼らの意図は、事故を内々に収めること、対策費用を最小限に留めること、事故による社内犠牲者を出さないことだったのだろう。しかし、事故の揉み消しなどできるはずはなかった。その後も、A社製品が火を吹くという事故が数件起こった。結局は大きく新聞沙汰になり、大々的な対策の実施を余儀なくされた。莫大な費用が掛かり、やがて関係者は一網打尽に処分された。
これは典型的な例だが、事故発生時に当事者がまず頭に浮かべることが凝縮されている。事故が発生して当事者がまず考えることは、実に情けないことではあるが、いかに事故を大事にせず内々に収めるか、いかに発生費用を最小限にするか、いかに社内関係者に犠牲者を出さないで済ませるかということである。心の底を問われれば、企業人である限り、このことを誰も否定できまい。すなわち、顧客のため、社会のためという発想は、いよいよ追い詰められた土壇場では出てこないものである。
根拠はある。どの企業においても、やれ受注を確保しろ、やれ赤字は罪悪だ、やれ収益を上げろと、何を犠牲にしても業績確保に奔走するのが日常の経営のノルマである。そこに重大事故が発生しても、瞬時に「業績」を放り出して「顧客第一」「社会的責任」の思考に頭を切り替えることができない。仮にそれを主張しても、社内では間違いなく、いきなりはじかれる。そのことは筆者自身も体験している。これまで身の周りで目にして来た多くの経験からもそれが分かる。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授