国内のIT市場には大きな成長が見込めない中で、合併による成長を目指し、手段として企業買収を視野に入れる経営者が急激に増えてくることになります。
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IT業界に構造変化 大手ベンダーの戦略転換と大量雇用減の可能性で見ましたように、IT業界の再編は、日本のIT業界がグローバルの中で生き残るための必要条件と考えられます。国内のIT市場には大きな成長が見込めない中で、市場のパイを奪い合い、共倒れとなるよりも、合併による成長を目指し、手段として企業買収を視野に入れる経営者が急激に増えてくることになります。
事実、今世紀に入ってから大手ベンダーを中心に数多くの買収が実施されてきました。しかし、買収は簡単に実行できる戦略オプションではありませんし、買収による効果を享受できていないベンダーが多いのが実態です。この最大の理由は「戦略が甘い、安直な買収をしている」ことにあると言えます。今回はこの点について考えてみます。
成長を目指す際には新たな資源の調達が必要になります。買収はその実現手段として有効ですが、十分に検討された戦略を伴う場合に限られます。
ここでの戦略とは、企業が合併することにより「1+1=2」以上の成長機会を引き出す打ち手を意味します。日本のIT業界で行われている買収では「1+1=2」の売り上げ規模の拡大のみが目的となってしまっている事例が多く見受けられます。
最もありがちなものは、ホールディングスを設立し、その下に買収した企業を単純にぶら下げていくといったもので、これは中堅ベンダーに多く見られます。この方法では、売り上げ規模の単純な拡大以外の利点は見出しにくく、売り上げの総和以上の成長は難しいといえます。
売り上げ規模の拡大が買収の目的として正当化されてしまう理由として「トップライン3000億円クラブ」という根拠なき流言を、そうと知りつつも分かりやすいが故に意思決定の拠りどころにしてしまっていることが挙げられるでしょう。
もう1つのよくあるケースとしては、顧客企業の囲い込みを目的とした、ユーザー企業の情報システム子会社の買収というものがあり、これは大手プライムベンダーに多く見られます。
この買収においては、営業活動の支援、マネジメント方法の改革、親会社との知的資産の連携などは行うものの「(買収先の)情報システム子会社の自立性重視」などの方針のもと、ホールディングス制を用いた経営が多いようです。単なる売り上げ規模の拡大に比べれば一定の評価はできるでしょう。
ただし、今日では(当時の)自立性重視とは逆に、再編・統合を実施してきています。このような再編・統合を、買収直後に行わず後追いで実行している点については、買収時点での戦略についての思考不足を指摘せざるを得ません。
以上のことは、システムベンダーの経営者にとって、業界の中で差別化された成長のための戦略立案は難しいということを示しています。ここではその原因について考えることはしませんが、この20年の企業のIT需要の拡大が、戦略立案をそれほど必要としなかったということが挙げられます。
システムベンダーのビジネスを「労働集約型のビジネス」と「設備投資型のビジネス」と定義をし、戦略立案のヒントになるケースを考えてみることにします。
「設備投資型のビジネス」とは、データセンターや社会インフラ系のITインフラへの先行投資、パッケージ製品やサービスの開発投資を行い、大きいリターンを回収することを志向します。今日ではクラウドが話題になっていますので、これをとりあげて考えてみます。
クラウドの定義については諸々の定義が存在しますが「顧客・利用者は、ベンダーの保有するシステムを、ネットワークを介して利用する形態」と言ったところでしょう。
顧客・利用者はシステムのハードウェアについて(自社で保有する場合に比べて)関心が低くなっていきます。つまり処理速度や能力が要求を満たしていれば、メーカーやOSにはこだわらないといったことになっていきます。
このように考えた場合、ハードウェアの供給能力を有するベンダーの方が、調達コストをはじめとしてクラウドのビジネスにおいては有利に立つと言えそうです。
ここでハードウェアの供給能力を有さない大手システムベンダー(例えば、NTTデータや野村総合研究所など)にとっては「ハードウェアベンダーあるいはメーカーのハードウェア部門を買収」という戦略が候補として導出されてきます。この選択肢は非常に魅力的だと思われます。
ただし、これらの大手システムベンダーの「文化」を考えると、この戦略は選択しづらい面があるのは事実でしょう。彼らにとっては、多くのハードウェア/製品の中からベストのものを選択してシステム構築を進めるということが、「競争力の源泉の1つ」であり「美徳」でもあるからです。
このような中立性は確かに有効に機能する場合もありますが、顧客の評価における中立性の優先度の変化を予測して、戦略を策定することが必要となるわけです。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授