世の中のすべての物事はトレード・オフの関係にある。何かを選ぶことは何かを捨てることと同義であって「いいとこ取り」はできない。
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晩唐の有名な詩人、李商隠だったと思いますが、次のようなエピソードが伝えられています。行き行きて重ねて行き行く李商隠は、分かれ道に来る度に涙にむせびました。土地の人が不思議に思ってその訳を尋ねると、李商隠は「1つの道を選べばもう1つの道が選べなくなる、それが悲しくて涙が滂沱と流れるのです」と答えたそうです。この話を聞いたのは学生時代ですが、まさに、トレード・オフの真髄を述べていると思います。
世の中のすべての物事はトレード・オフの関係にあります。すなわち、何かを選ぶことは何かを捨てることと同義であって「いいとこ取り」はできないのです。わが国の財政状況がその好例です。2011年度の当初予算は総額が92兆円を超えますが(東日本大震災に対処するための補正予算でさらにこの規模は膨らみ、おそらく100兆円を超えることが確実です)、税収はわずか40兆円しかありません。社会保障費(28兆円)と地方交付税交付金等(16兆円)だけでも、軽く税収を超えてしまいます。
毎月40万円の収入しかない家計が92万円を費消しているのと同じ構造では、持続するはずがありません。誰が考えても、増税するか、(最大の支出項目である)社会保障費を抑えるかしか方法がないことは明らかです。しかも、900兆円近い膨大な借金を抱えているのですから、増税と社会保障費の見直し、この2つを組み合わせなければ解が得られないこともまた自明と言って良いでしょう。
低い税率と豊かな社会保障の両立は、まさにトレード・オフそのもので、およそ、この世の中ではあり得ないことなのです(戦後、20世紀後半の半世紀、それが可能であったのは、歴史上にも稀な高度成長が持続したという「偶然の産物」によるものです)。
なお、一部のエコノミストの中には、景気を良くすれば税収が増えるのだから増税は必要がない、と主張する人もいます。バブル期、わが国の経済が絶好調だった時の税収が60兆円であったことを想起すれば(92兆円を賄うためには、まだ32兆円不足しています)、そのような主張には何の説得力もないことがよく分かるでしょう。
また、増税の話を持ち出すと、必ず「財務省の陰謀だ」とオウム返しに叫ぶ人もいます。このような中学生の算数でも理解できるレベルの問題に、思考停止状態になるのは本当に困ったものです。
財政改革を怠ると国債の増発に頼るしか方法がありませんが、国債の本質は何でしょうか? 他の先進国ではおおむね次のように考えています。「政治の本質は税金の分配である。国債は、子どもたちが選挙権を得た時、彼らが分けるべき税金を親の世代が先食いすることであって、基本的には民主主義の正統性と相容れない。
従って、国債は非常時の手段の1つであって、財政規律を早期に回復することが必要である」と。おそらく、英国のキャメロン首相は、このような考えに従って財政改革に大鉈を振るったのでしょう。
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明治学院大学 経済学部准教授