中期経営計画のあるべき姿――大変革期における経営計画策定・実行のポイント視点(2/3 ページ)

» 2013年12月09日 08時00分 公開
[平井 孝志、佐谷 義寛(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger

3‐2)戦略的な裏付けの弱い数値計画が先走り、結果が出ない

 その要因として、計画の中身に戦略とその実現に向けた具体性が欠ける、という点が挙げられる。この点については大きく2つの問題・課題が存在している。

 一つ目は、各事業部に戦略の具体化スキルが十分に備わっていない企業が多い点である。全社の目標数字を各事業部に割り当て具体化させるところまでは良しとしても、実現性を裏付ける“なるほど”というシナリオが不在になりがちである。ある企業で中期経営計画策定を支援するプロジェクトに関わった例だが、各事業部リーダーは3年先までの売上やシェア、利益の数字はきれいに練り上げてくるものの、「今シェアが落ちてるのに急にV字回復する理由は?」「一方的に自社のシェアが増える計画だが、競合の動きは?」と尋ねても答えられない。右肩上がりで売上や利益が増えているステージでは済まされたかもしれないが、昨今の環境下ではそうはいかない。別の企業でも、現状から飛躍的に売上を成長させる事業計画の具体化が必要とされたが、現状とのギャップを埋めるための打ち手を現状の苦しい戦い方の延長線上でしか考えることができず、やはり現実感の乏しい数字だけが先走った計画になりがちだった。

 二つ目は、各事業部による計画実行をモニタリングする仕組みが不十分な点である。自社の業績数字や取り組みは、見える化を推進しチェックすることは大概できるが、市場や顧客、競合の動向までしっかりウォッチできているところは少ない。世の中に存在しないような市場データや、顧客ニーズの変化、顧客による自社や競合の評価、競合の動きに関する情報は定常的には揃え難いものである。

4.再成長に向けた日本企業の中期経営計画の中身に必要な要件

 日本企業の再成長のためには、中期経営計画のあり方を3つの視点で見直す必要がある。(図表2)

4-1)「大きな成長方針の明示」

図表2

 計画には、既存事業の現状の延長線上とは切り離した“将来ありたい姿”が明確に描かれているべきである。例えば、ファーストリテイリングは「2020年売上高5兆円、経常利益1兆円。毎年5,000億円の売上成長を実現するため、年間売上高20億円の店舗を毎年300店舗出店、毎年1,500名のグローバル店長人材を採用して育成する」という大きな絵姿を掲げているが、これは決して現在の延長線上から導出されたものではない。

 また、“ビジネスモデルの大きな変換の盛り込み”も必要である。例えば、「ライカを超える」ことを目標に掲げ、世界に通用するカメラ事業へと成長させたキヤノンが、更なる成長の種として選んだのはビジネスモデルが全く異なる事務機事業で「ゼロックスを超える」ことだった。

4-2)「長い時間軸」

 先にも述べたが、3年スパンの中期経営計画では限られた成長や改善にしかならない。「10年」という時間軸で大きな成長を目指す計画を立て、それに基づいた単年予算の管理を行うことはできないだろうか。無論10年先のこととなると具体性が乏しくなるものだが、それを補うために足元の1〜2年について詳細の実行計画をつくれば良い。いずれにせよ、10年後、20年後に自社がどうありたいかという大きな絵姿に基づいた計画が必要である。残念ながら、今のところ10年の中長期計画を立てマネジメントを行っている企業の例は殆どないだろう。かろうじて、日産自動車の計画期間は6年。広いエリアかつ変化の激しい活動領域で成果を出すには3年計画では短いとしている。また、キヤノンも1996年以降、変革期の中における継続的な成長を目指し、5年スパンの計画をローリングさせている。

4-3)「成長領域への選択と集中に基づいたリソース配分の盛り込み」

 経営計画は、市場や事業の観点からのみでなく、自社の経営資源や能力の観点からも考えて然るべきである。3年スパンの計画といえどもリソース配分計画は盛り込まれているが、既存事業の延長線上での成長に向けたリソース配分になりがちである。10年後の大きな成長を実現するための大胆なリソース配分計画になっていることが重要である。現時点で売上・利益の大きい事業部門に必然的に大きなリソースを割くのではなく、極端な話、現在は売上・利益共に小さくても10年後の収益源として見込める領域にしっかりとリソースが割かれた計画であるべきであろう。

5.計画策定に必要な条件

 中期経営計画策定には、その策定方法にも大きく2つの変革が求められる。

5-1)「トップダウンによる“ありたい姿”の明確化」

 10年後、20年後を見据えた自社のありたい姿は、現場(各事業)からのボトムアップでは決まらない。自社を取り巻く大きな環境変化を見据えて、経営トップ自らが判断をするべきものである。その中身も、事業ドメインや方向性を明確にした上で、定量的な目標が盛り込まれたものが望ましい。少々先の長い話だが、例えば、日本電産は「精密小型モーターの開発・製造で圧倒的な世界一になるため、更なる技術開発とM&Aで、2030年売上高10兆円、世界ランキング50位入り」を大きな絵姿に掲げている。これに関し永守重信社長は、「大ボラを吹き、夢を形にするのが経営者の仕事」と話している。

 アジアなどの市場開拓で2020年に売上高5兆円を目標に掲げるファーストリテイリングの柳井正会長、アジアを軸とした全世界展開と、宇宙ビジネスなどによる事業拡大で30年後に売上高30兆円、利益1兆円を掲げたエイチ・アイ・エスの澤田秀雄会長、事業領域に制限を設けず、戦略パートナーを現状の800社から5,000社に増やすことで30年後の時価総額200兆円にすると打ち上げたソフトバンクの孫正義社長、大きな成長を勝ち取っている経営トップはいずれも掲げる目標は明快でとてつもなく大きい。

5-2)「10年後の“ありたい姿”からのバックキャスティングによる計画づくり」(図表3)

図表3:計画策定に必要な取り組み

 更に計画そのものは、10年後のありたい姿からのバックキャスティングでつくり込んでいくべきである。10年後のありたい姿を実現させるために、5年後はどうあるべきか、そのために直近1〜2年は具体的にどうするべきかを考えるのである。現状とのギャップはさぞかし大きいはず。なれば、既存事業のオーガニックな成長でどの程度目標に近づけるのか、足りない部分は新規事業の立ち上げなどで自力で埋めるのか、或いはM&Aなどの他力活用で埋めるのか、を具体化することが必要である。その際、事業視点だけでなくエリア視点での検証も必要になる。各エリアでどれだけの積み増しが必要なのか、実現できる裏づけはあるか、マイナス成長の日本に頼った無理な計画になっていないだろうか、などが挙げられる。

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