VUCAワールドを勝ち抜くために経営者は何をするべきか?視点(2/3 ページ)

» 2014年12月15日 08時00分 公開
[鬼頭 孝幸(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger

2、こうした市場環境で成功していくためには、何が必要か

図B:VUCAワールドで勝ち抜くための5つの条件

 では、こうしたVUCAワールドで成功していくためには、何が必要なのだろうか。本稿では、VUCAワールドで勝ち抜いていくための5 つの要件を提示する。(図B参照)

・要件(1)確固たるビジョンやシナリオを持つ

 VUCAワールドである現在の世の中では、将来を正確に見通すことは困難であることは疑いようのないことだ。一方で、それは企業として将来に向けたビジョンやシナリオを持たなくて良い、ということと同義ではない。

 VUCAワールドにおいても優れた業績を上げている企業は、ほぼ例外なく明確なビジョンやシナリオを描いている。ここで大切なことは、いかに正確かつ精緻に将来を見通すか、ということではない。VUCAワールドにおいては、いくら人とお金と叡智をつぎ込んでも、将来を正確に予測することなどできない。そうではなく、企業として自社が今後どうありたいのか、あるいは自社の考える理想的な世の中や市場、事業のあり方とはどういうものなのか、今後どういった世の中になっていくべきなのか、という自社なりの“絵姿” を描いておくということだ。

 例えばフォルクスワーゲンでは、将来の自動車を取り巻く環境やユーザーニーズを予測し、その中で自社がどういった製品を開発していくべきか、シナリオを作成している。そしてそのシナリオに基づいて、研究開発のテーマや優先順位を決めていくとともに、サプライヤーともシナリオを共有化し、その実現に向けた舵取りをしている。

 一方で、GEのように、シェアトップを取りうる事業を展開していくことを戦略の根本におき、目まぐるしく変わる市場環境の中で常に事業ポートフォリオを見直し入れ替えることによってVUCAワールドに対応している例もある。GEはジャック・ウェルチ前会長の時代からその戦略は有名だったが、現在もその基本戦略は変わっておらず、後任のジェフ・イメルト氏が会長に就任後も絶え間なく事業ポートフォリオを入れ替え続けている。一時期は金融業の比重が高まった時期もあったが、現在では製造業に回帰しつつある。更に、創業当時からの事業である白物家電事業についても、売却することを決定した。

 不確実な市場環境の中、自らのビジョンをシナリオ化して周囲も巻き込みつつ実現を目指すフォルクスワーゲンと、市場環境の変化に応じて事業そのものを入れ替えるGE。両社のアプローチは対照的とも言えるが、いずれも自社として将来の見通しや指針を明確に持っている点は共通する。GEの場合でも、今後のグローバル市場においてインフラや医療、航空機関連市場は大きく伸びるという将来に対する自社なりの見通しを持った上で、事業ポートフォリオの見直し、入れ替えを進めている。フォルクスワーゲンのように、より能動的にシナリオ実現を目指すにせよ、GEのように将来を見通したうえで自社の事業を変革していくにせよ、自社なりの将来に対するビジョンやシナリオを明確にしておくことは欠かせない。

・要件(2)走りながら考え、こまめに軌道修正する(トライ&エラー)

 自動車や素材産業のように中長期的な研究開発が事業の成功要因として大きな割合を占めるような業界であれば、ある程度時間とリソースをかけて将来のビジョンやシナリオを策定していくことには意味がある。一方で、例えば消費財やサービス業のように、相対的に研究開発の占める比重が小さく、参入障壁も低くより競争環境が目まぐるしく変化するような業界においては、将来のビジョンやシナリオの策定に必要以上に手間を掛けてもその効果は限定的だ。検討を進めている間に市場環境は刻一刻と変化してしまうからだ。もちろん、自動車業界においてもIT化のますますの進展によって、変化のスピードは速くなっている。

 こうした状況においては、時間とリソースを掛けて精度の高いシナリオや戦略を構築することよりも、粗粗でもいいので大雑把なシナリオや戦略をスピーディーにつくり、いかに迅速にそれを実行していくか、ということが大切になる。そして、その結果を見てシナリオや戦略が間違っていると考えれば、素早く軌道修正を図る。つまり、“走りながら考える” “こまめに軌道修正する” ということが求められる。

 例えば、近年の日本のエレクトロニクス業界の勝ち負けを見ると、その大切さが理解できる。日立製作所は2009年3月期に国内の製造業としては過去最大の7,873億円の赤字に陥った。しかしその後、電力や鉄道などの社会インフラ事業に集中し、関連性の薄い事業は売却するなど再建策を迅速に実行、2年後には黒字転換を果たした。一方ソニーは、テレビ事業を筆頭に過去に収益を上げてきたエレクトロニクス事業で収益性の低下に長年直面してきたものの、有効な一手を打てず、依然業績は低迷を続けている。ようやくパソコン事業は切り離したものの、テレビ、スマートフォン、デジカメ、ゲームなど主要事業ではいずれも厳しい状況が続いているにもかかわらず、抜本的な改革は手付かずのままだ。

 他にも、ソフトバンクやファーストリテイリング、サントリーなど、周囲から見ると一見“無謀” とも思えるような打ち手を矢継ぎ早に打ち、上手くいかなければ軌道修正する、という姿勢を鮮明に打ち出している企業のほうが、全般的に業績がよい。VUCAワールドにおいては、考えているよりも実際にやってみて、そこから学んでいくことのほうが大切である。もちろん、失敗することもある。ファーストリテイリングも、海外展開で何度も失敗を経験してきているが、その経験を次に活かし軌道修正し再度トライすることによって、次第に成功への道筋を見出し始めている。つまり、VUCAワールドではトライ&エラーこそが成功のカギを握ると言える。

 とりあえずやってみた上で、当初想定したように成功しなかった場合には、そこから学んで軌道修正することが大切だ。キリンは過去数年、いくつかの海外企業の大型買収を実行したものの、残念ながらこれまでのところ十分な効果があったとは言えない。しかし、現状ではその失敗から学んで次の一手を打てているようには見えない。VUCAワールドでは「とりあえずやってみる」ことは非常に大切だ。キリンは、日本の内需系企業の中では早くから積極的に海外企業の買収に取り組んだ点は評価されるべきであるが、思うように結果が出ていない現状から学び、スピーディーに軌道修正していくことが必要とされているのではないか。

・要件(3)複数の「ネタ」を持つ 〜事業の「複線化」

 VUCAワールドでは、一時代を築いたような事業であっても、すぐに陳腐化するリスクがある。また、国家情勢の変化によって、将来性の高い国の市場が急激にリスクの高い市場となってしまうこともある。

 こうした市場環境においては、「一本足打法」は極めてリスクが高い。リスクを軽減し、不確実な変化に対応するためには、常に複数の「ネタ」を持っておくことが大切だ。複数の「ネタ」を持つというと、事業を複数持ってポートフォリオ経営をする、ということが思い浮かぶかもしれない。しかし、ここで言う「複数のネタを持つ」ということは、必ずしも複数の事業を持つということではない。

 もちろん、異なる領域の事業を複数持つことは、リスクを低減するひとつの有効な方法である。商社のように、資源や機械、素材、消費財など、様々な事業をポートフォリオとして展開していくことは、ひとつの解決策である。GEなどのメーカーが複数の事業領域を展開していることも同様だ。

 ただし、それは資源の分散を招きかねないし、総花的な事業展開による負の効果は、これまで多くの日本企業が苦しまされてきたものでもある。では、効果的に「複数のネタ」を持つにはどうすればいいか。例えば、日本電産のように、「モーター」という事業領域に特化するものの、多様な用途のモーターを製品ポートフォリオとして保有する、ということが考えられる。従来収益の柱であったパソコン用のモーター市場が陰りを見せても、今度は自動車やロボットなど新たな用途の製品を拡充していくことによって、市場の変化に対応している。

 展開する地域や国を多様化していくことも、リスク低減につながる。またH&Mのように、同じアパレル事業であっても価格帯の異なるブランドを複数展開するのもひとつの方法だ。H&Mは、日本でもすっかりお馴染みとなった低価格のファストファッションブランドであるH&M以外にも、高価格路線のCOSも持つ。同社は日本においてもCOSを展開することを決めたが、これは日本市場においてファストファッションブームがひと段落し、今後は価格が高くてもより高品質で上質なものを求める消費者が増える可能性がある、という読みがその背景にある。

 このように、必ずしも複数の事業領域の事業を展開せずとも、工夫次第で複数の「ネタ」を効率的、効果的に展開することが可能だ。VUCAワールドでは、予期できない変化に対応する上でも、事業を「複線化」しておくことがひとつのカギとなる。

・要件(4)ゲームの“ルールメーカー” になる

 新たな市場を創出して自らがルールメーカーになったり、あるいは自身のビジョンやシナリオの実現に巻き込んでいく、ということも大切なことだ。VUCAワールドでは先にルールメイクを主導してしまった企業が圧倒的に有利になる。常に先の読めない市場環境では、どんな企業にも主導権を握るチャンスがある。

 先に紹介したフォルクスワーゲンはその好例だ。自社が描いたビジョン、シナリオに関係各社を巻き込み、その実現をより確実なものにしていく手法を取っている。ボッシュなど大手サプライヤーも同様に、自社のシナリオを元に自動車メーカー各社と議論を重ね、自動車メーカー各社の戦略に影響を与えている。

 アップルがiTunes とiPodで構築し、その後iPadやiPhoneで拡大してきた、ハードとソフト(音楽やアプリケーションのダウンロードサービス) を融合したビジネスモデルなども典型例だ。このモデルはその後グーグルが追随し、今ではグローバルではグーグルの主導するアンドロイドのほうがシェアを高めている。

 また、格安スマホのシェア拡大の背後にも、同様の構図が存在する。今や格安スマホは、業界経験のない企業であっても容易に参入できる。中国では「靴屋でもスマホメーカーになれる」と言われるほどだ。それを実現したのが台湾のメディアテックだ。同社は、スマホの頭脳となるシステムLSIの大手メーカーで、他社特許の活用、半導体受託生産企業との連携などによってスマホ製造コストを大幅に引き下げるとともに、スマホの“設計図” もセットで提供している。これによって、異業種企業でも簡単に格安スマホをつくれるようになった。メディアテックは、スマホ業界のゲームのルールを大きく変えたのである。これによって、アップルやサムスンなど、従来からのスマホの有力プレーヤーの業績が圧迫されつつある。

・要件(5)“自己否定” を厭わない、常にイノベーションを追及する

 自社の成功体験や現状に安住しないことも大切だ。VUCAワールドでは、いつ何時市場環境、競争環境が変わるかわからない。今日の成功モデルが明日以降も成長を実現してくれる保障はどこにもないのだ。

 先の事例でもあげたように、スマホ業界はまさにその典型例だろう。磐石と思われたアップルがサムスンの急追を受けてシェアを逆転され、更に格安スマホの台頭によってそのサムスンすら業績に変調を来たし始めている。初代iPhoneが発表されたのが2007 年1月。それからわずか7年で、業界の構図は大きく変わってしまった。

 航空業界も同様だ。かつてはアジアの雄として隆盛を誇ったシンガポール航空だが、近年は格安航空会社(LCC) との競争が激化すると同時に、エミレーツをはじめとする中東系の航空会社との競争にもさらされ、収益性が大きく低下している。シンガポール航空も、シートやサービスの改良によって収益源である上級クラス(ファーストクラス、ビジネスクラス) の顧客囲い込みを強化してはいるものの、必ずしもその先行きは楽観できない。LCCですら、競争の激化によって収益性は悪化する傾向にある。

 このように、かつては確固たるポジションを築き磐石の強さを誇る企業であっても、短期間のうちにそのビジネスモデルや製品が陳腐化し、急速にシェアを失ったり収益性を低下させたりするリスクに常にさらされている。こうしたリスクに対応すべく、企業は常に自社のビジネスに危機感を持ち、いつ何時優位性を失うかもしれないということを肝に命ずるべきだ。常に“自己否定”を厭わないこと、そして常にイノベーションの可能性を追求し続けることが大切と言える。

Copyright (c) Roland Berger. All rights reserved.

ITmedia エグゼクティブのご案内

「ITmedia エグゼクティブは、上場企業および上場相当企業の課長職以上を対象とした無料の会員制サービスを中心に、経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。
入会いただくとメールマガジンの購読、経営に役立つ旬なテーマで開催しているセミナー、勉強会にも参加いただけます。
ぜひこの機会にお申し込みください。
入会希望の方は必要事項を記入の上申請ください。審査の上登録させていただきます。
【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上

アドバイザリーボード

根来龍之

早稲田大学商学学術院教授

根来龍之

小尾敏夫

早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授

小尾敏夫

郡山史郎

株式会社CEAFOM 代表取締役社長

郡山史郎

西野弘

株式会社プロシード 代表取締役

西野弘

森田正隆

明治学院大学 経済学部准教授

森田正隆