VUCAワールドを勝ち抜くために経営者は何をするべきか?視点(1/3 ページ)

企業を取り巻く環境は大きく変わっている。2000年代前半ですら、インターネットの急速な普及や情報技術の進展により、その前とは大きく変わっている。この10年間の変化は更にスピードを速めている。

» 2014年12月15日 08時00分 公開
[鬼頭 孝幸(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger

1、VUCAワールド 〜不安定で不確実、複雑で混沌とした市場

図A:VUCAワールド

 最近、VUCAワールドという言葉が経営者の間で話題に上ることが増えてきている。例えばユニリーバの最新のアニュアルレポートにおいて、同社CEOのPaul Polman氏は冒頭のコメントで、市場の現状を「VUCAワールド」だと言及している。そして、この「VUCAワールド」にいかに対応していけるかが成長のカギであると語っている。

 VUCAワールドとは、元々は軍事用語であるが、Volatility,Uncertainty,Complexity, Ambiguity の4 つの単語の頭文字から取ったものだ。つまり、不安定で変化が激しく(Volatility)、先が読めず不確実性が高い(Uncertainty)、かつ複雑で(Complexity) 曖昧模糊とした(Ambiguity) 世の中、ということである。ビジネスの世界では、企業を取り巻く市場環境が不安定で不確実、かつ複雑で曖昧模糊な混沌とした状況である、ということを指している。(図A参照)

 実際、企業を取り巻く環境は10年前とは大きく変わっている。10年前2000年代前半ですら、インターネットの急速な普及や情報技術の進展により、その前の10年間とは時代が大きく変わったと言われていたものだが(90年代の後半から2000年にかけて、IT革命やニューエコノミーなど、経済や産業の構造的変化が声高に叫ばれた)、この10年間の変化は更にスピードを速めている。

有望ビジネスモデルも市場もすぐに成熟化、陳腐化

 例えば、優れたビジネスモデルを実現できたとしても、その効力は長続きせず、短期間でその優位性が揺らいでしまう。アップルやサムスンの業績に変調が見られるのはその典型例だろう。日本でも、液晶で一世を風靡したシャープやSNSの先駆け的存在であったミクシィの例がそれを物語っている。

 また、有望だと思われた市場も、短期間で成熟化し、あっという間に競争が激化していわゆる“レッドオーシャン” 化する。スマートフォンや液晶テレビ市場などが一例だ。成長著しい新興国市場も、気付けば名だたるグローバル企業の多くが参戦し、ローカル企業と熾烈な争いを繰り広げている。出遅れた日本企業が苦戦するケースが後を絶たない。

変化が激しく、先を見通せない市場環境

 市場そのものに目を転じてみても、変化が激しく先を見通せないばかりか、複雑さと曖昧さは増すばかりだ。BRICS やNEXT11 などに代表される新興国市場は、もちろん現在でもそのポテンシャルに疑いはないものの、その成長は単調な右肩上がりではない。中国はかつてほどの成長性は見られず、代わって期待の集まる東南アジアを見ても、例えば東南アジア最多の人口を抱えるインドネシアにおいても、最近は成長が鈍化している。

 グローバル規模で増えつつある地政学上のリスクも、不確実性や複雑性を加速させている。冷戦の終結を経ていったんは落ち着いたかに見えた世界の枠組みだったが、その後米国の影響力や地位の相対的な低下などによって、再び不確実性が増している。ウクライナや中東における武力衝突、アラブ諸国の政情不安などはその代表例だろう。アジアに目を向けても、中国による東シナ海への影響力の拡大とそれに伴う周辺国との軋轢が発生し、日本も中国や韓国、ロシアと領土問題などを抱えている。

 特に中国に関しては、数年前までは中国市場の有望性が盛んに喧伝されていたものの、尖閣諸島をめぐる問題を契機に両国の関係が冷え込んだことに加え、中国の経済成長に陰りが見えてきたこともあいまって、中国市場に対する慎重論も増えてきている。

 疫学的なリスクも依然存在する。最近の事例を振り返ってみても、SARSや鳥インフルエンザなどの流行がビジネスに大きな影響を与えてきた。現在も、まだグローバルの経済への影響は限定的だが、西アフリカでのエボラ出血熱の流行が注目されている。

連鎖して複雑さを増すグローバル経済

 グローバルの経済が互いに深く連鎖して、その関係性が複雑化していることも見逃せない。いわゆるリーマンショックで、多くの方がその結びつきの複雑さや強さを実感したことだろう。現在の市場環境においては、一国の市場での出来事が、その国の市場にだけ影響する、ということは皆無に等しい。多かれ少なかれ、それはグローバルで各国の市場に何らかの影響を与える。

 しかし、各国の市場でどういった影響が起こるのかを、事前に予測することは極めて困難だ。貿易や投資、更には様々な企業活動を通じて複雑に絡み合った現在のグローバル環境においては、一国の出来事がどのように世界各国の市場に影響を与えるのかを分析しきることは、ほぼ不可能に近いといってもよい。

 例えば、リーマンショックのきっかけとなったサブプライム問題は、当初は日本国内においてはそれほど注目されていなかった。アメリカ国内の問題に過ぎないという見方が(一部を除けば) 大勢だった。しかし、実際にはサブプライムローン債権は証券化されて世界中で販売されており、その影響は世界に広がっていた。

 サブプライム問題の例のように、現在の市場環境においては、企業は意識せずともグローバル市場と深く関わっており、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な影響の連鎖から逃れることはできない。一方でその影響の連鎖を事前に予見することも極めて困難なのである。

未知なる市場環境との遭遇

 不確実性や複雑さを更に加速化する要因が、超高齢化や人口減少、異常気象などの問題だ。特に日本は、世界の先陣を切って超高齢化社会と人口減少を経験することになる。極端に言えば、かつて人類があまり経験したことのない状況である。こうした問題は、日本だけではなくいずれ多くの先進諸国が経験することになる。これまで人口が増加することを前提とした経済構造の中で企業は経営してきたが、これからの市場環境はまさに企業にとって“未知との遭遇” であろう。

 地球環境の変化も、また別の意味で“未知との遭遇” である。50年に一度、100年に一度、数百年に一度といった自然災害や異常気象の増加も、企業にとっては予見できない、しかしインパクトの大きなファクターである。

 地球資源の消費に対する価値観の変化も、これまでに人類があまり経験してこなかったものだ。これまで人類は、地球上の資源を消費することで命をつなぎ、進化を遂げてきた。しかし、人口の急速な増加や文明の進化によって、人類が過去から何百年、何千年、何万年と営み続けてきた「消費」という概念が転換を迫られている。様々な形で多くの天然資源を消費している企業にとっても、それはまさに大きな転換点となる。

加速化するイノベーション

 次々と生まれる様々なイノベーションも、VUCAワールドを加速化させる要因のひとつとして無視できない。特に情報通信技術の影響は、もはや全産業、全業種、全企業にとって避けて通ることのできないものだ。

 例えば最近では、自動車業界において自動運転に関わる技術革新が急速に進んでいる。数年前まではまだまだ遠い未来の話と考えられていた自動運転だが、すぐ目の前の近い将来に実現するのではないかと思わせるほど、その技術レベルは急速に進展している。そして、自動運転技術が急速に進化している要因のひとつとして、異業種からの参入が無視できないことも、留意しなくてはならない。従来の自動車メーカーや自動車部品メーカーはもちろんのこと、グーグルのようなIT系のプレーヤーまでもが自動運転を研究し、実用化に近い段階までこぎつけている。つまり、情報通信技術の発展によって、従来の“業界の区分” を超えた競争が巻き起こっているのだ。

 更に情報通信技術の発展は、ビジネスモデルそのもののイノベーションにもつながる。例えばもともとは大手メーカーの独壇場だったスマートフォン市場だが、現在では「格安スマホ」と呼ばれる低価格のスマートフォンを販売する中小メーカーが多数台頭してきている。日本においても、わずか社員二人のメーカーが1万円台の低価格スマホを販売して話題となっている。

 伝統的な産業においてもこうしたイノベーションは無視できない。GEの航空機エンジン事業などは好例だ。GEの航空機エンジン事業は、エンジン販売により収益を上げる従来のビジネスモデルから脱却し、エンジンに取り付けられた各種センサーから得られる情報に基づき、航空会社に効果的・効率的なメンテナンスのタイミングや燃費の良い運航ルートをアドバイスするなど、いわゆるソリューション型のビジネスモデルへと進化している。

 ドイツ政府が産官学のタッグでものづくり革命を実現しようとしている「インダストリー4.0」も、情報通信技術をフルに活用した取り組みだ。ものづくりという視点からは、3Dプリンターの普及やロボット技術の高度化、IOT ( Internet of Things) の活用など、情報通信技術の進化は様々なインパクトが期待されている。

 情報通信技術などによるイノベーションは、決して製造業や製造現場に留まるものではない。ビッグデータの活用などは、小売業やサービス業、医療、農業、更には官公庁などでも進んでいるし、それによって新たなビジネスモデルの萌芽も多数出てきている。

 情報通信技術以外にも、例えば素材の進化など、技術進化によるイノベーションの例は枚挙に暇がない。炭素繊維は、軽量かつ強固というその特性から最近では自動車や航空機などに採用され、燃費の向上に一役買っている。ユニクロが機能性を前面に出した戦略でグローバル化を推し進めているが、これも素材の進化によるところが少なくない。

 このように、技術進化を契機としたイノベーション( もちろん、イノベーションには技術進化とは関係のないものもある) の影響力の大きさは誰しもが認めるところであるが、その問題は、今後どういったイノベーションが実現し、それが市場環境にどういった影響を及ぼすのか、事前に予見することが困難ということだ。イノベーションの芽は、実は様々なところに転がっている。それが実際にイノベーションとなり、ビジネスを変革していく大きなうねりとまでなるかどうかは、極めて不確実だし、予見できないものだ。また、イノベーションが当初想定したインパクト以上の影響をもたらす可能性もある。このように、加速化するイノベーションもVUCAワールドの要因のひとつだと言えよう。

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