日本のがん医療の現状と課題知っておきたい医療のこと(1/2 ページ)

日本では社会の中核となって活躍している世代で、がん死の割合が大きくなっている。治療はもちろんだが予防も重要。余生をまっとうするために、今できることとは。

» 2016年04月27日 08時00分 公開
[阿保義久ITmedia]

 「日本人の2人に1人はがんを発症し、3人に1人ががんで命を落とす」「欧米では毎年5%前後がん死亡数が減っているのに、日本では年々増え続けている」「先進国の中でがんの死亡数が増え続けているのは日本のみ」これらは全て事実と言えますが、日本人のがん死の増加に注目するこれらの表現を目にして、「わが国の医療レベルが他の先進国に比べて低いのではないか」という疑問を患者さんから投げかけられたことがあります。

 わが国の医療レベルは世界トップレベルのはずなのに、なぜこのような現象が生じているのでしょう。日本は世界で最も高齢化が進んでいることが、これらの理由であると端的に言われていますが、話はそれほど単純ではなく、がん医療に関する日本の問題や課題は、より深いところにあると私は感じています。

 一般的に、途上国では死因として心臓血管疾患・脳血管疾患・感染症が多く、先進国でがんの割合が多い傾向にあります。先進国でがん死が目立つのは、高齢化社会であること、医療技術の発展により病気の多くが管理されて血管病や感染症による死亡がコントロールされていること、がその理由とされています。では、他の先進国に比べて日本のみ、がん死が減らないのは、高齢化や医療技術の進化が他国に比べて特に大きいからでしょうか。

 確かに日本の高齢化率は大きい(24.4%)ですが、ドイツ、イタリア、フランスなども高齢化率は20%を超えているのにがんの死亡数は増えていません。現在の情報化社会においては、最新医療技術は先進国でほぼ共有されており、各国間でそれほど大きな差があるとは思えません。高齢化や医療技術の進化のみでは、日本のがん死の増加を説明できないでしょう。

 一方で、年齢調整をすると日本でのがん死亡率は他国に比べてそれほど大きくはないという見方もあります。年齢調整死亡率とは、人口構成(年齢分布)にある基準を決めて、その基準と仮に同じ人口構成に設定したときの集団(国、都道府県など)の死亡率のことで、年齢分布の異なる集団の本質的な死亡率を比較する時に使います。

 当然のことですが高齢になるほど死亡率は大きくなります。日本のように高齢者に偏る人口構成だと、青壮年者の割合が日本より多い他国に比べて全体の死亡率が大きくなります。そこで、双方を決められている基準と同じ人口分布に合わせて、その死亡率を統計学的に算出して比較する、という方法が年齢分布の異なる集団の死亡率を比較する時に良く用いられます。このように人口分布が同じと仮定したがん死亡率を見ると、日本は他国に比べてそれほどがん死亡率は大きくなく、また歴史的には日本のがん死亡率は減少していると言えます。

 しかし、ここで看過できないのは、日本人の各世代別死亡原因を見ると、40〜60歳の社会で活躍している世代の死因でがん死は50%程度であるのに対して、80歳以上の方では20%前後に低下します。55〜60歳の世代が最も多くがんで命を落とす傾向(60%が、がん死)にありますが、65歳以降はがん死の割合が減少し90歳ではがんで亡くなるのは10人に1人になります。

 すなわち、社会の中核となって活躍している世代でがん死の割合が大きくなっています。まだまだ社会でその実力を発揮して社会に貢献し得る世代、より長く生きて若い世代の範となり余生を全うすべき世代の多くの方々が、がんで亡くなっているのです。この事実に注目すると、日本は高齢化社会だからがん死が増えて当然だ、とか、年齢調整で見るとがん死が増えているとは言えない、という安易な見方で話は済まされないのではないでしょうか。

 また、2013年12月に世界無形文化遺産に登録された「日本食」は健康長寿を生む食事であると世界から注目されています。一方、米国ではがんを減らすために国家プロジェクトが立ち上げられ、がん予防に効果的な食事の研究が進められて、がんの死亡数が減少に転じたという事実があります。がんの発症は食事の影響を強く受けます。日本食は健康に良いはずなのに、日本人のがん死は国際的に少ないとは言えません。現代の日本の食習慣は、純然たる日本食の摂取が減少して食の欧米化が進んでおり、肉や脂肪の摂取量は過去50年で数倍から10倍にまで増加していることが影響していると思われます。

 さらに、がんの発症予防のために十分に摂取しなければいけない野菜の摂取量は以前に比べて減少しています。加えて、日本の成人の運動量は国際的に少なめです。これらを考えるとがんに限らず病気の発症を抑えるために極めて重要なポイントである食と運動の面で日本人は脆弱な国民だということになります。そして、国が先導して「がん対策推進基本計画」が日本のがん医療の問題点を改善するために打ち立てられていますが、国家プロジェクトとして国民に浸透しているとは言えません。日本人全体の食事や運動などの生活習慣が本気で改善されなければ、日本のがん死亡率が減少することは難しいでしょう。

 また、日本の国民皆保険制度は、世界に誇れる医療システムと言われている一方で、さまざまな問題を抱えています。医療費の高騰は年々うなぎ上りで、財源的にシステム破綻するのは秒読みと言われています。加えて、日本の医療制度は治療に重きが置かれており、予防の概念が育まれていません。すなわち、病気を治すことのみが医療保険の適用となり、病気を予防することは保険でカバーされないため、国民も医療従事者も病気を治療することには専心しますが、予防は軽んじて実践しない傾向にあります。

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