繊維加工から土木資材メーカーに転身 創業100年の前田工繊の狙いポーター賞企業に学ぶ、ライバルに差をつける競争戦略(1/3 ページ)

公共事業の削減によって厳しい経営環境にある土木資材業界。そうした中で踏ん張り続けているのが、独立系企業の前田工繊である。効を奏した同社のユニークな戦略とは?

» 2017年05月02日 07時00分 公開
[伏見学ITmedia]

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 今から45年前、田中角栄首相が打ち出した「日本列島改造論」によって、高速道路や高速鉄道などの建設ラッシュに日本中が沸いた。経済成長期という時代も相まって、公共事業にかかわる投資は右肩上がりに増えていく。ピーク時の1997年度には9兆7447億円の国家予算がついた。

 ところが、1990年代初頭のバブル崩壊に端を発する景気低迷に加えて、2000年に入ってからは小泉純一郎内閣時の「小さな政府」を目指す構造改革などによって予算は年々減少。2016年度は5兆9737億円にまで落ち込んだ。

 公共事業のピラミッドにおいて川下に位置する土木資材業界では、先行きが見えないとして、大手企業の子会社を中心に軒並み縮小。そうした中で踏ん張り続けたのが、独立系の前田工繊である。同社は、鉄やコンクリートが主流であった土木資材に、1970年代から繊維を広めたパイオニア的な企業である。

前田工繊の代表的なヒット商品「アデム」を使った工事例(出典:同社Webサイト) 前田工繊の代表的なヒット商品「アデム」を使った工事例(出典:同社Webサイト

 マーケットに踏ん張り続けた結果、ビジネスは成長を続ける。前田工繊の2016年9月期の連結売上高は298億8800万円、営業利益は38億4800万円と増収増益。土木資材を含むインフラ事業の営業利益率は業界平均を10ポイントほども上回る。

 元々は繊維メーカーとして事業を始めた同社はなぜ土木分野に転身を図ったのか。他社にはない強みとは何なのか。同社のユニークな競争戦略を評価した「ポーター賞」を運営する一橋大学大学院 国際企業戦略研究科(一橋ICS)の大薗恵美教授が、前田工繊の前田尚宏取締役 COO 専務執行役員にインタビューした(以下、敬称略)。

繊維加工から土木へ

大薗: まずは前田工繊の沿革と事業内容について教えてください。

前田: 前田工繊は1918年に福井県で創業し、来年で100年を迎える会社です。元々、前田家は米屋だったのですが、1917年に富山で起きた米騒動によって、米では商売できないとなり、繊維加工業の事業を始めました。福井は織物の産地として栄えていて、マーケットも安定していました。ところが、受託して製造する賃加工だったため、次第にこの事業に面白味を感じなくなってきた、そんなあるとき、現社長(前田征利氏)が東京のゼネコン大手を訪れると、樹脂を使ったヘチマのようなものを目にしました。何に使うのか尋ねると、排水材とのこと。潰れない素材なので、例えばトンネルの中に入れて水道(みずみち)代わりに使えるというのです。これは面白いということで、1972年から、排水材で土木事業に参入したのです。

前田工繊の前田尚宏取締役 COO 専務執行役員 前田工繊の前田尚宏取締役 COO 専務執行役員

 そこから15年ほどは繊維加工と並行で事業を進めていたのですが、繊維加工のビジネスはどんどん中国に奪われたため、最終的には建設業界に力を入れよう、その中でも土木を徹底的にやろうという決断をしました。

 排水材から始めて、しばらくして「アデム」という次の商品を開発しました。これはアラミド繊維(テクノーラ)から生まれたジオテキスタイル(土木工事における道路の補強、排水などに使用される繊維シート)で、土を強力に拘束し、盛土補強・地盤補強に活用するものです。そして2000年ごろまでは、新しい道路、鉄道、構造物が全国的に盛んに作られました。しかし2000年以降、公共事業の予算が削られていく中、アデムや排水材だけではビジネスに陰りが出てきたので、そのころから事業の多角化に踏み切りました。

 2000年には売り上げ全体の6〜7割が盛土補強・地盤補強材(アデム)と排水材でしたが、多角化の結果、現在は2割を切るくらいになっています。もちろん全社全体の売り上げも、毎年伸ばしてきましたが。

 一方、多角化に向けて新しい分野の会社や事業をM&A(企業の合併・買収)しています。現在、約300億円の売上高のうち、土木・不織布事業が190億円、車輛用アルミ鍛造ホイール製造事業が80億円、繊維加工事業が10億円、農業資材事業が20億円となっています。

大薗: 繊維加工から土木に転換する中で、難しさはなかったのですか? 例えば、資金や技術はどうしたのですか。

前田: 当時は繊維加工で十分な利益が出ていたので、その資金を新規事業に回すことができたのです。技術的にも、高強度繊維を使った織物の技術や、押出しの技術が、土木資材に応用できました。

 また、当時はジオテキスタイルが新しい技術で、IGSという学会の日本支部ができるなど盛り上がっていました。そこで学会を中心に産官学の取り組みがいろいろと行われたので、前田工繊も大学との共同研究などが進みました。

大薗: 繊維加工はまだ事業として余裕があったが、次の事業に手をつけないとまずいなという危機感があったわけですね。福井の繊維における同業他社も同じ状況だったのでしょうか?

前田: 時を同じくして新しい分野に踏み出した会社はほかにもあります。例えば、染色事業から始まったセーレンさんは、その後、クルマの内装材が主力事業になっています。

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