国内外でさまざまなフードサービス事業を展開するグリーンハウスグループでは、AIカメラの画像解析によって来店客やスタッフの「喜び」を数値化し、顧客満足度向上や店舗スタッフのモチベーション向上を図っている。このような取り組みにいたった背景や成果について話を聞いた。
デジタル変革において、IT人財の存在が不可欠であることは明白だ。経済産業省の『DXレポート』でも、ITに精通した人財やプロジェクトマネジメントができる人財の不足が指摘されている。感度の高い非IT企業が率先してIT人財を採用する動きも徐々に活発化している。
一方で、IT人財の力だけで組織を根本から変えることはできない。現場に浸透しなければ、デジタル変革は「絵に描いた餅」に終わってしまうのではないだろうか。
グリーンハウスグループでは、「とんかつ新宿さぼてん」の一部国内店舗にAIカメラを導入した。画像解析によって来店客やスタッフの「喜び」を数値化し、顧客満足度向上や店舗スタッフのモチベーション向上を図っている。このような取り組みにいたった背景や成果について、グリーンハウスグループで 執行役員 CDO(Chief Digital Officer)を務める伊藤信博氏に話を聞いた。
飲食業界が直面している課題は、そのまま日本社会が抱える課題だ。労働人口の減少で人件費は高騰し、東京、神奈川の最低賃金は時給1000円を超えている。労働者の高齢化と労働人口減少の中、外国人スタッフも増えている。昨年、国内の外国人労働者数は過去最多の166万人に達し、中でも飲食サービス業に従事する割合が高い。業務の効率化に加え、多様な働き手が「働きがい」を感じられる環境づくりが求められている。
食に対する要求も、年々高度化している。グローバルの動きとしては、個人の嗜好(しこう)や健康状態、アレルギーなどを考慮した「食のパーソナライズ化」が急速に進んでいる。データ活用の進展によって、今後日本でも活発化しそうなトレンドだ。
伊藤氏は、こうした環境変化の中でさまざまな課題に取り組んでいるところだが、「どれもきちんと対応できればチャンスになる」と前向きだ。
伊藤氏は、前職のマイクロソフト シンガポールで4年間、シンガポールや東南アジア企業のデジタル変革に携わった。2017年に帰国し、次のキャリアを模索する中で、グリーンハウス 代表取締役社長の田沼千秋氏と出会った。シンガポールでの経験をもとに、デジタル化推進のビジョンや優先事項などについて関係者で検討を重ね、AIやIoTを活用したさまざまなプロジェクトをスタートさせた。
伊藤氏の心をつかんだのは、「人に喜ばれてこそ 会社は発展する」というグリーンハウスの社是だった。今でこそ、グローバルを見渡せば「カスタマー・ファースト」を掲げる企業はたくさん存在するが、グリーンハウスは、70年以上前、戦後間もない創業期からずっとそう言い続けてきたのだ。
グリーンハウスの言う「人に喜ばれてこそ」とは、顧客だけではなく、そこで働く人が感じる喜びも含んでいる。伊藤氏は、シンガポールで関わったあるプロジェクトで痛感し、今も心に留めていることがある。「いくら素晴らしいハードウェアやソフトウェアを導入しても、現場で働く人に喜ばれないのであれば意味がない」ということだ。
デジタル変革のネガティブな捉えられ方の一つに、「現場の仕事を奪う」という不安がある。ITを単なる効率化の道具として使うならば、そうかもしれない。しかし、伊藤氏は、現場が自らの成長を感じられ、働くモチベーションを高められることにITを使いたいと考えている。「デジタルの力を借りて、お客さまの笑顔と、店舗で頑張っている仲間の笑顔を数値化し、“喜びの見える化”をしてみませんか?」――そんな発想が、AIカメラの導入につながった。
ここで読者の皆さんにも想像してみてほしいが、職場の上層部から突然、「AIカメラを導入する」と言われたらどう感じるだろう。「仕事ぶりが監視されるのでは」と疑って、あまり良い気がしないのではないだろうか。伊藤氏は、「店舗の皆さんは、いきなりAIカメラを設置すると言われたら戸惑って当然ですよね。店舗がお世話になっている施設関係者の皆さんへの説明も含めて、店舗の皆さんへの説明と目線合わせには、半年ほどかけてじっくり取り組みました」と振り返る。
具体的には、店舗を回り、関心を持ってもらうきっかけづくりを丁寧に行った。「デジタルやります、AIを使います」という言い方はせず、「社是にある通り、人に喜ばれるって大事ですよね。皆さんの接客がどれくらいお客さまに喜ばれているか、知りたいと思いませんか」と、手段ではなく目的を合意することから始めたという。すると徐々に、「うちの店舗でもやってみたい」という声が上がってきた。AIカメラの取り組みは、約20店舗で実施された。
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授