限られた人がたまにしか味わえない幸せから、誰でも毎日味わえるスモールハピネスへの切り替えを提案する。
過去30年間、私は組織・人材のコンサルティングや大学教育や国の仕事にかかわってきたのですが、今ほど、組織・人材に求められる「パフォーマンスの水準」と、それになかなか応えることができない組織・人材の「能力の現状」のギャップを痛感することはありません。
最近は、ほとんどの企業がデジタル・トランスフォーメーションやグリーン・トランスフォーメーションなど一大変革に取り組んでいますが、これは、現状の能力を大変革することなくして、求められるパフォーマンスを生み出せないという認識が如実に現れています。ただし、「〜トランスフォーメーション」という命名は簡単ですが、実際に大変革を成功させて、組織と個人のパフォーマンスを飛躍的に高めることは決して容易ではありません。
そういう中で私は、コンサルタントとしてパフォーマンスを高める支援をしつつも、パフォーマンス向上の一刀流では苦しいなと感じ始めました。そこで、パフォーマンスはともかく、せめて毎日何かで「ちょっと幸せ」を実感できるようにしたいと、「スモールハピネス」という方法を提案し実施し始めています。
仮に、期待されているパフォーマンスは生み出せなくても、毎日一度はハピネスを味わい、結果的に頑張り続けることもできて、そのうちにパフォーマンスもあがるだろう、仮にパフォーマンスはあがらなくても毎日ハッピイだからまあいいか…。そんな状況をつくりだしたいと思っています。パフォーマンスとハピネスの二刀流ですが、このコラムではハピネスに焦点を当てます。
スモールハピネスとは直訳すると「小さな幸(しあわ)せ」です。ただ、「幸せ」という言葉を使うと、一生に一度の幸せとはいわないまでも、「たまにしか味わえないことだ」「そもそも幸せになれる人は限られている」といった連想が働きがちです。そういう連想にまみれた「幸せ」に替えて「スモールハピネス」という新しい言葉を使うことで、新しい幸せ感をつくり出します。すなわち、限られた人がたまにしか味わえない幸せから、誰でも毎日味わえるスモールハピネスへの切り替えをねらっています。
スモールハピネスには3つの特徴があります。
(1)スモールハピネスは日々の営みの中で毎日味わいます。日々の営みとは、仕事や生活におけるさまざまな活動を指します。
仕事でいえば、リモートワークを含む日常業務やプロジェクトやもろもろの段取りや休憩など全てを含みます。生活でいえば、家事や育児や趣味やエクササイズや娯楽や休息など全てを含みます。仕事と生活の間の移動・通勤・Zoomのオンとオフなどの切り替えも日々の営みに含みます。つまり、毎日何かを「する」ときに味わうのがスモールハピネスです。
ほんの一例ですが、例えば毎朝一杯コーヒーを飲むときにスモールハピネスを味わいます。
(2)スモールハピネスは「小刻み」に味わいます。スモールハピネスのスモールは、小さくてささやかなことに焦点をあわせようという姿勢を表しています。
この点を仕事上のパフォーマンスと比べて説明しましょう。通常、パフォーマンスでは生み出すべき成果の目標を設定し、その実現のためにステップ・バイ・ステップの段階を刻むことを想定するでしょう。そこで大切なのは最終的に成果を生み出すことです。途中の段階が少々うまくいっても、成果がでなければ高い評価は得られません。途中のプロセスも評価することはあるでしょうが、しょせん、救済策にすぎず、途中が少しうまくいったくらいで喜ぶな、最終結果が全てだというのが本音でしょう。
これに対してスモールハピネスでは、途中のステップが一つ完了するたびに、スモールハピネスを味わって喜びます。ステップも小刻みのステップで構いません。例えば調べものをしていて、欲しい情報がありそうなサイトや動画を見つけたら、それだけでスモールハピネスを味わいます。実際に欲しい情報が得られたらさらにスモールハピネスを味わいます。
調べものは何か成果を生み出すための手段にすぎないのですが、成果が出るか否かに関係なく、調べものが部分的にでもできればそれだけでスモールハピネスをちゃっかり味わうようにします。その上で、小さな段階の成果が積み重なって最終的な大成果を生みだせれば、これまた当然の権利として、大きめのスモールハピネスを味わいます。
(3)スモールハピネスは自己満足で構いません。何かをして自分が少しでもハピネスを感じれば、それは、れっきとしたスモールハピネスです。自分がいいと思えばいいのです。
「(あなた、おめでたすぎるわねというニュアンスで)その程度のことで幸せを感じるの?」と人からいわれたら、スモールハピネスの世界では誉め言葉として受け止めます。その程度のささやかなことでもハピネスを味わえる人がスモールハピネスの上級者です。
その意味で、ちょっとしたことですぐ喜ぶ小さな子供はお手本となります。逆に、ハピネスについて禁欲的で、高い水準の目標達成だけねらう大人のハイパフォーマーは反面教師です。
スモールハピネスの特徴を3つあげましたが、根底にある考え方は「である」幸せではなくて「する」幸せです。「幸せになりたい」という言葉が示すように、普通、幸せといえば、漠然とした将来「幸せである」という状態になりたいという気持ちを指すのでしょう。
ところが、スモールハピネスは日常的にさまざまなことを「する」過程で、都度ハピネスを味わうことを意味します。すなわち、「である」幸せから「する」幸せへ、と「幸せ感」を変えることがスモールハピネスのスピリットです。
ちなみに、「である」から「する」への変化は、その昔、政治学者の丸山真男氏が述べたことをヒントにしています。丸山氏は、近代化という時代の節目で、「である」に基づく階層的な社会構造・権威構造が瓦解し、それに変わって実践的な「する」に基づいて対象の価値を捉えることへの移行を指摘しました。丸山氏の見解を一般化すれば、時代の節目では、「それは〜である」と安定性を前提にした捉え方がフィットしなくなり、「とにかくやって試してみよう」と「〜する」を繰り返す実験的なアプローチに移行する、ということでしょう。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授