夢の糸で「繊維革命」幕開け バイオ素材量産 慶大発スパイバー

[産経新聞]

　丈夫で環境にも優しい“夢の糸”が、石油を原料としたポリエステル以来ともいわれる繊維革命を起こそうとしている。慶大発スタートアップ（新興企業）のスパイバー（山形県鶴岡市）が、クモの糸にヒントを得て開発した植物由来の新素材の量産を本格化させたからだ。これを機にアパレルメーカーのさまざまなブランドで商品開発の動きが加速。価格は従来品より割高だが、脱炭素時代の繊維として新素材への期待は大きく、石油由来品からの置き換えが進みそうだ。

ゴールドウインは「ブリュード・プロテイン」を使った秋冬向けの衣服のみを販売する店舗を21日まで開設する＝東京都千代田区（斉藤佳憲撮影）

　スパイバーが開発したのは「ブリュード・プロテイン」と呼ぶ人工タンパク質素材。サトウキビなどから得られる糖類を微生物に与え発酵させてつくる。

　同社は、慶大でクモの糸の研究を行っていた関山和秀代表が平成19年に学生時代の仲間とともに設立。主成分がタンパク質であるクモの糸を人工的に再現することを目指していた。

　だが、クモの糸は強くて切れにくい半面、水にぬれると収縮する特徴などから、そのままでは衣服の生地の素材には適さない。そこで蓄積した研究データや開発技術を活用しながら試行錯誤し、丈夫さや風合いなどを幅広いニーズに合わせて調整できる新素材として生み出したのがブリュード・プロテインだ。

ブリュード・プロテイン素材を加工して作り上げた綿や紡績糸などのサンプル（斉藤佳憲撮影）

　石油由来の化学繊維は丈夫で使いやすいが、環境負荷が大きい。ウールやカシミヤといった天然繊維も、草食動物のげっぷに含まれるメタンガスの温室効果が指摘されている。

　その点、ブリュード・プロテインは用途に応じた丈夫さと、カシミヤ生産に比べて温室効果ガスの排出が79％削減できる環境特性を併せ持つことから、革命的な繊維素材といえる。

　デビューは令和元年。出資企業のゴールドウインが採用して数量限定でTシャツやアウトドアジャケットを発売した。同社は技術者も派遣し、量産化を後押し。スパイバーはタイに初の量産拠点を設置し、それまで年間数トン程度だった生産能力を最大500トンに増強した。4年夏に稼働を始め、5年は前年比4倍程度の100トンの生産を達成。数年以内のフル稼働を見込むとともに、米国での生産計画も進める。

　量産化に伴い、ゴールドウインは採用商品を拡大した。昨年9月に丸の内ビルディング（東京都千代田区）内にブリュード・プロテインを使った全商品を取り扱う期間限定の店舗を開設し、「ザ・ノース・フェイス」や「ゴールドウイン」など4ブランドで、秋冬向けのコートやブーツなど17品目を展開。電子商取引（EC）サイトも含めて約3千着を販売する。同社の開発部門を統括する新井元（げん）常務執行役員は「自然を意識してつくるブランドで恩恵を受けているだけに、環境対応型の商品が求められている」と話す。

　日本の人気ブランド「sacai（サカイ）」やクチュール（仕立服）ブランドの「YUIMA　NAKAZATO（ユイマナカザト）」、TSIホールディングスが手がける婦人服「ADORE（アドーア）」なども新素材を採用。紡績会社や繊維商社からの引き合いも強く、商品がさらに増える日も近そうだ。

　新素材の可能性はアパレル分野にとどまらない。

　スパイバーは海外投資会社からの出資や借入金なども含めて計1千億円超を調達しており、関山代表は「自動車部品や医療といった他の分野への展開も可能だ。新時代を切り開く」と力強く語る。（佐藤克史）