マグロ、ワイン、日本酒……AIが目利き 「10年以上かかる」職人スキルを深層学習で再現

各業界で人手不足が深刻になっているが、特に高いスキルを持つ人材の不足が企業にとって大きな課題となっている。

» 2024年02月14日 09時07分 公開
[産経新聞]
産経新聞

 各業界で人手不足が深刻になっているが、特に高いスキルを持つ人材の不足が企業にとって大きな課題となっている。日本では「経験」と「勘」に基づく言語化できないスキルが多くの仕事で重用されており、断絶の危機にひんしているものも少なくない。そこで人工知能(AI)などを活用してベテランのスキルを再現したり、若手に伝承したりする取り組みが進んでいる。昔ながらのアナログなスキルをデジタル技術が支える時代が到来しつつある。

数秒で品質を判定

 スマートフォンでマグロの断面を撮影してからわずか数秒。AIが「縮れ」や「焼け」、「脂」などのマグロの味を決める要素を読み取り、ランク(品質)を表示する。電通が開発したマグロ目利きAI「TUNA SCOPE(ツナスコープ)」だ。

 世界各地で水揚げし、冷凍されて送られてくるマグロは、切断した尾の断面で品質を見極める目利きが重要になる。わずかな情報からマグロ全体の味を予測するのは非常に難しく、10年以上の経験が必要とされる。目利きのスキルを持った人材は大手水産加工会社でもわずかしかおらず、安定した品質で消費者に届けるのは容易ではない。

 「スーパーで買ったマグロに当たりはずれがあるのがずっと気になっていた」。電通でツナスコープのプロジェクトリーダーを務める志村和広氏はきっかけをそう話す。

 日本有数のマグロ水揚げ高を誇る静岡県の焼津(やいづ)港などで断面の写真を収集し、35年のキャリアを持つベテラン目利き職人が5段階で品質を評価。そのデータをディープラーニング(深層学習)でAIが独自に解釈し、目利きの習得に成功した。

 ツナスコープの目利きは現在、メバチマグロとキハダマグロの2種類に対応しており、精度は90%を超える。導入した山形県鶴岡市のスーパー「主婦の店」では、AIマグロの特設コーナーで販売したマグロへのクレームがほぼゼロになったという。

 「目利きは日本が長年磨き上げてきた特有の技能。AIを活用することで高級料亭やすし屋だけでなく、スーパーなどで身近にそのすごさを体感できる」と志村氏。海外からの問い合わせも多く来ており、今後対応できるマグロの種類を増やしていく計画だ。

繊細な嗅ぎ分け

 シャープは昨年11月に開催した初の単独技術展示会「テックデイ」で、液晶テレビの技術とAIを融合して繊細なにおいの判別を可能にした「AIにおいセンサー」を公表した。会場ではワインの嗅ぎ分けを実演。1分ほどで種類を判別した。

 センサーで繊細なにおいを判別するのは難しく、既存の方法では非常に手間がかかる上、一部のにおいは分析以前に消失してしまって検出できないという。シャープは液晶テレビの開発で培った知見を生かし、プラズマ放電技術でにおい分子をイオン化して電流として検出することで、AIが分析可能なデータ化に成功。これまで人にしか分からなかった複雑なにおいをAIが嗅ぎ分けられるようになった。

 シャープは現在、酒蔵で日本酒造りの杜氏(とうじ)のスキルを再現できないか実証を進めている。杜氏は嗅覚で日本酒の状態や品質を判断する。AIにおいセンサーは90%以上の精度で杜氏と同じ判断ができており、後継者育成や人手不足解消への貢献が期待される。

 シャープの担当者は「スキルや嗅覚の個人差で人の判断にはどうしてもばらつきが生じる。AIにおいセンサーを使えば定量的なにおいデータ管理が可能になる」と話す。

手軽に遠隔指導

 AIといった最先端技術を使わずに手軽に導入できる後継者育成の仕組みとして期待されているのが、体などに装着できるウエアラブルカメラを使った遠隔指導だ。三洋電機グループから分離独立したザクティ(大阪市北区)は、重さわずか29グラムのウエアラブルカメラを使い、ベテランが遠隔地から新人を指導できるサービスを展開する。

 カメラと専用ソフトを購入すれば、手持ちのスマホと連携することで装着者の視覚情報を映像として送信できる。作業する新人の手元を遠隔地にいるベテランがリアルタイムで見ながら指導可能という。12万円程度から導入できる低価格と、特別な設定が不要な手軽さが魅力だ。

 実は平成17年の愛知万博に日本の製造業のスキルをデジタル技術で再現し、新人訓練に活用するシステムの試作品が展示されている。埼玉大大学院理工学研究科の綿貫啓一教授が開発した「サイバーアシスト・マイスター・ロボット」は、鋳物工場の熟練工のスキルを習得できる。3次元立体映像とベテランの力加減を体感できるロボットなどを組み合わせ、現場で手取り足取り教わっているような体験が可能という。

 綿貫教授は「20年先の未来を想定して開発したが、AIや仮想現実(VR)技術の発展で同じようなシステムが手軽に構築できるようになった」と話す。言語化されないスキルはAIと相性がよく、「特徴を見つけ出して再現するAIと日本固有のスキルとの親和性は高い。人手不足解消や技術伝承に貢献できるのでは」と期待を込める。

 現在は画像や文章を作る生成AIを技術分野に転用する研究を進めており、「鋳造や目利きなどさまざまなスキルを学習させたAIに、全く別の分野の新たなスキルを生成させる。そういうことが可能になる未来がいずれ来るかもしれない」としている。(桑島浩任)

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