滑走路不要「空飛ぶクルマ」が孤立被災者を救う 南海トラフに備える「半島自治体」の思惑

次世代の移動手段としての注目度が、大阪府に隣接する和歌山県でも上昇中だ。県は今年2月、実用化に向けて民間企業3社と連携協定を結び、年内にも実証実験(試験飛行)を始める方針。

» 2024年03月11日 09時17分 公開
[産経新聞]
産経新聞

 来年4月に開幕する2025年大阪・関西万博での商用運航が期待されている「空飛ぶクルマ」。次世代の移動手段としての注目度が、大阪府に隣接する和歌山県でも上昇中だ。県は今年2月、実用化に向けて民間企業3社と連携協定を結び、年内にも実証実験(試験飛行)を始める方針。観光目的の遊覧運航のほか、山間部の交通・輸送サービスなどのビジネス展開も視野に入れる。能登半島地震をきっかけに、同じように半島に位置する自治体として南海トラフ巨大地震への危機感が高まったことも背景にある。

空飛ぶクルマの導入イメージ(和歌山県提供)

垂直に離着陸、温室効果ガス排出もなく

 「実験第1号機にはわたしが乗る。命がけで取り組むので、よろしくお願いします」。2月5日、和歌山県庁で民間企業3社と連携協定を結んだ岸本周平知事は冗談交じりに意気込みを語り、笑いを誘った。

 空飛ぶクルマは万博での商用運航が計画され、一躍注目を集めた。ヘリコプターのように垂直に離着陸可能な電動の小型機で、滑走路が不要で騒音が少なく、温室効果ガスの排出もないとの利点がある。大型ドローンのような形の機体のほか、長距離を飛ぶために翼を備えた機体などがある。発着場も比較的狭い面積で済むため、用地の確保が容易でコストも低く抑えられることが期待される。

 今回の協定は、発着場の設計や建設などを担う重工業大手のIHI(東京)、発着場事業のノウハウを提供する総合建設コンサルタントの長大(同)、観光事業への活用を提案する大手私鉄の南海電鉄(大阪)の3社と締結。協定に基づき、空飛ぶクルマを活用した観光振興▽実証実験に向けた取り組み▽地方創生−などで協力し、機体の選定・確保や飛行準備などを進める。

令和12年、新たなビジネス創出

 和歌山県が空飛ぶクルマに注目したのは、国土交通省と経済産業省、民間企業でつくる空飛ぶクルマの検討会が、令和4年に公表した路線案がきっかけだった。「意外と長く飛べるのではないか」。県の幹部が反応した。

 5年4月には、県内での空飛ぶクルマ運航に関するロードマップ(工程表)を発表。7年度の万博までを「導入期」と位置づけ、5年度に離着陸場や運航ルートの候補を選定し、早ければ6年度に実証実験を実施するとした。

 運航ルートは人家のない海沿いとし、発着場は和歌山マリーナシティ(和歌山市)や南紀白浜空港旧滑走路(白浜町)などを想定。万博以降の11年度までを「成長期」とし、周辺府県と連携して拠点の拡大などを進める。12年度以降は「発展期」で、車・バス・鉄道などの既存の輸送手段も活用しながら新たなビジネスを創出する。

民間企業3社と協定を結んだことで「実現の可能性が高まった」と岸本知事は意気込む。

災害時輸送にも活用

 今年1月に発生した能登半島地震での危機感が、さらなる事業の推進力になりそうだ。離着陸が容易な空飛ぶクルマは、災害時の輸送手段としても有望とみられているからだ。

空飛ぶクルマの事業推進を目指す協定を締結した和歌山県の岸本周平知事(右から2人目)ら=2月、和歌山市

 岸本知事は「和歌山県は能登と同じ半島。半島独特の被害は、人ごとではない。(南海トラフ巨大地震が起これば)道路や港が使えなくなり、山間部に孤立集落も発生する。空路を使った輸送を取り入れないといけない」と危機感を示した。

 長大の野本昌弘社長も「能登半島地震では、物資輸送でインフラの重要性を感じ、『空飛ぶクルマがあれば』と思った」といい、「今後、新しいモビリティーの重要性が高まる。実用化すれば孤立集落を支援できる」と話す。

 一方、県は「稼げる空飛ぶクルマのビジネス」も掲げる。陸路では時間がかかる半島南部の海産物を大阪などへ迅速に輸送するほか、空飛ぶクルマの機体製造や整備、保険事業など関連ビジネスの拠点も県内に集積させたいとしている。

 IHIの土田剛副社長は「空飛ぶクルマの実用化は和歌山県の転換点になる。危機をチャンスに変える挑戦に参画させていただく」。南海電鉄の岡嶋信行社長も「社会的にも注目されるモビリティー。蓄積したノウハウを生かして果たすべき役割を検討したい」と前向きだ。

 和歌山県の未来図にも影響する事業の進捗(しんちょく)が注目される。(永山裕司)

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