銀行が成功事例を共有? 脱・内向きに取り組む金融データ活用推進協会デジタル変革の旗手たち(1/2 ページ)

「内向き」や「閉鎖的」との印象が強い日本の金融業界にも変化の兆しがある。AIやデータの活用を推進すべく、業界横断で成功事例を共有し、隠れた人材を発掘する取り組みが始まっている。銀行、業界団体、議員秘書、デジタル庁職員という異色の経歴を持ち、金融データ活用推進協会の設立に中心的な役割を担った岡田拓郎代表理事にITmediaエグゼクティブ プロデューサーの浅井英二が話を聞いた。

» 2024年03月18日 07時08分 公開
金融データ活用推進協会(FDUA)岡田拓郎代表理事

 新型コロナの脅威が日本にも忍び寄り始めた2020年1月、「個人の活躍のため、金融機関のデータ活用スタンダードを策定し、金融業界の魅力を発信する」ことを目的として、「人工知能×金融事業コミュニティ」が発足した。約20社で勉強会や情報交換を継続する中、金融業界全体のデータ活用水準を引き上げる横断的組織が必要だとの気運が高まり、同じ志を持つ金融機関やスタートアップなどの企業が集まって2022年4月に「金融データ活用推進協会(FDUA)」として社団法人化されることになる。

 FDUAの設立に中心的な役割を担い、代表理事も務める岡田拓郎氏は、東北大学工学部卒業後、宮城県仙台市に本店を置く七十七銀行に入行し、在職中の2011年3月11日に東日本大震災を経験した。地震による被害とその後の混乱から地方経済に貢献したいという気持ちが芽生え、社会のため、金融業界のためにできることがないかを考え、全国銀行協会の職員や議員秘書として働くが、やはり金融業界に軸足を置き、自分のできることを追及しようと三菱UFJ信託銀行に入行した。

 再び銀行に戻った岡田氏は、三菱UFJ信託銀行でAI活用やデジタル化に孤軍奮闘し、3〜4年かけて10人程度のチームにまで成長させた。その一方で金融業界の横断的な取り組みを実現すべく、2022年2月、設置間もないデジタル庁に非常勤で入庁、さらにその年4月にFDUAを設立している。こうした異色の経歴を持つ岡田氏に、金融業界が直面している課題やFDUAの取り組み、目指すべき金融業界の未来の姿などについて話を聞いた。

各社ばらばらのデータ活用で競争力が低下

 岡田氏をFDUA設立へと突き動かしたのは、日本の金融機関の競争力低下だった。各社がばらばらにAIやデータ活用の取り組みを進めているために、それが競争力の向上にうまく結びついていないことが課題だった。FDUAではこの課題解決に向け、非競争領域は業界横断で成功事例を共有し、人材の発掘・育成や標準化にも取り組むことが必要だと考え、横のつながりをつくり、具体的なワーキンググループを設置した。

 「金融業界で約16年働いていますが、これまでの金融業界は競合に比べてどれだけ差をつけられるかを経営層と話し合いながら戦っていく文化で、ほかの金融機関との意見交換はあまり行われてきませんでした。業界団体である全国銀行協会でも、多少の意見交換はありましたが、話せる範囲が限定されて形式的な意見交換になっていました」(岡田氏)。

金融データで人と組織の可能性のアップデート。

 金融業界は、残高データや入出金データなど、ほかの業界に比べても貴重なデータを持っているが、この宝の山を活用できていないのが実情だった。岡田氏は、「三菱UFJ信託銀行で担当していたAI・データ活用の分野は今後間違いなく成長する領域だと思っていました。データをうまく活用できれば、金融業界の発展に寄与することができます」と話す。

 日本の金融業界では、2010年代の半ばからFinTechの取り組みが本格化していたが、多くの銀行で期待されていた成果が上げられずいる。AI・データ活用が進まない理由は3つあると岡田氏は考える。

 1つ目は、AIを導入することが目的、ゴールとなり、何を解決するのかが不明瞭になっていることだ。経営トップから「生成AIを導入しろ」と言われたので、ベンダーに依頼してプロジェクトを立ち上げているというのが現状。

 2つ目はデジタル人材のミスマッチで、データサイエンティストブームもあったが、人材の育て方が分からず、外部に依頼するとコストがかかりすぎる。採用できても、分析環境やキャリアパスもなくすぐに辞めてしまい、なかなか定着しない。

 3つ目は、仮にデータ活用が成功しても部分的で、会社全体を大きく変革することができない。基盤への投資や組織としての人材育成を戦略的、かつバランスよく実行していくビジョンを描けていない。

 「この3つの課題を1つの金融機関だけで解決するのは困難であり、金融業界全体としてどのようなAI・データ活用の標準化が必要かを明確にしなければ、いつまでたっても前に進みません」(岡田氏)

成功事例の共有、人材発掘、標準化で課題解決に取り組む

 FDUAでは、これらの課題を解決するために、「企画出版委員会」「データコンペ委員会」「標準化委員会」という3つの委員会を立ち上げている。企画出版委員会は成功事例の共有、データコンペ委員会は人材育成、標準化委員会は各種標準化を担当している。また生成AIのような個別のテーマに関してはワーキンググループが担当し、さらに横のつながりにより個が活躍できる場として、官民のハブ、業界内のハブ、スタートアップとのハブという3つのハブを設けている。

 企画出版委員会の具体的な活動は、金融機関が実際にどのようなデータ分析をしているのかというノウハウを凝縮した「金融AI成功パターン」(日経BP社刊)を2023年2月に発行した。一般的に金融機関はノウハウを公開したがらないのだが、この本ではターゲティング、価値算出、需要予測、不正検知、審査、テキスト分類、画像認識という7つの分野の成功事例を公開している。

 この書籍を羅針盤とすることでAI・データ活用方針の迷走を防げるが、難易度の高い実務書なので、YouTubeで内容を簡易に紹介したり、第二地方銀行協会と共同で研修会を開いたりしてすそ野を広げる活動も進めている。また金融AI事例マップを作成し、金融機関やクレジットカード会社、リース会社などでも利用できる業界のAIスタンダードとして公開している。

AI・データ活用の成功事例を7パターンに分類。

 データコンペ委員会は、金融業界横断のデータ・AI人材発掘、育成のためデータコンペティションである「金融データ活用チャレンジ」を開催。人材を発掘し、採用することが金融機関の経営層が解決すべき課題の1つ。そこで誰もが公平に参加でき、定量的に能力が評価される場を作れば、日本全国のポテンシャルの高い人材を輝かせることができる。

 岡田氏は、「三菱UFJ信託銀行でプログラムコンテストを開催したときには、入社1年目の行員が1位でした。これにより、年功序列ではない新しいキャリアが生まれる可能性が高くなります。ニューヒーローを発掘することで、地方創生をけん引することも可能になります」と話す。

 2023年に行われた第1回 金融データ活用チャレンジの参加者は1658人に上り、今年の第2回も1500人を超えている。年代も幅広く、20〜30代だけでなく、40〜50代もかなりの参加者がいる。50代になると次のキャリアパスに移行する時期だが、自分自身でリスキリングをするきっかけにもなっているという。

 標準化委員会では、「金融データ活用組織チェックシート」を策定し、2023年6月に公開している。このチェックシートを活用することで、金融機関の組織としてやるべきことが分かる仕組みになっている。チェックシートのテーマとしては、利用データ、組織、ビジネス効果、データ基盤、人材育成、ガバナンスのセルフチェックが可能で、平均値も公開されているので、他社に比べた自社の強みと弱みを認識し、強化すべき箇所を検討することができる。

チェックシートで一般会員へのセルフチェックを促進。
       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ITmedia エグゼクティブのご案内

「ITmedia エグゼクティブは、上場企業および上場相当企業の課長職以上を対象とした無料の会員制サービスを中心に、経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。
入会いただくとメールマガジンの購読、経営に役立つ旬なテーマで開催しているセミナー、勉強会にも参加いただけます。
ぜひこの機会にお申し込みください。
入会希望の方は必要事項を記入の上申請ください。審査の上登録させていただきます。
【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上

アドバイザリーボード

根来龍之

早稲田大学商学学術院教授

根来龍之

小尾敏夫

早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授

小尾敏夫

郡山史郎

株式会社CEAFOM 代表取締役社長

郡山史郎

西野弘

株式会社プロシード 代表取締役

西野弘

森田正隆

明治学院大学 経済学部准教授

森田正隆