ソクラテス哲学から最新遺伝子工学まで〜教養を武器に、ビジネス力を磨く方法ITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(2/2 ページ)

» 2024年07月10日 07時07分 公開
[松弥々子ITmedia]
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簡単・低コストで遺伝子編集を可能にした技術「CRISPR-Cas9」

 次に紹介されたのが、カリフォルニア大学バークレー校教授のジェニファー・ダウドナ博士の著作「クリスパー CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見」だ。ダウドナ博士は、ゲノム編集技術CRISPR-Cas9を開発し、2020年にノーベル化学賞を受賞している。

 ダウドナ博士が開発したCRISPR-Cas9により、人類は驚くほどの低コストで、実に簡単に、遺伝子をまさにワープロと同じ感覚で自由自在に編集できるようになった。その技術を利用して、既に何カ月も腐らないトマトやマラリアを媒介しない蚊、ヒト遺伝子を組み込んだ心臓移植用ブタなどが生み出されている。このCRISPR-Cas9を正しく使えば、難病の克服、食糧問題の解決など、「バラ色の未来」が待っている。しかし間違った方に進めば、バイオテロによる最悪の病原菌によるパンデミック、遺伝子格差による社会の分断といった、「絶望の未来」が到来する可能性もある。「知を追求したい」という科学者の好奇心が、予測不能な最悪の事態をうみだす可能性もあるのだ。

 例えば「夫婦の遺伝子を編集して、病気リスクが低い赤ちゃんを産むことができますよ」と提案されたら、子どもの未来を真剣に願う親ほど心が動くだろう。しかしこれを享受できるのは高所得者に限られる可能性も高い。

 つまり人間の遺伝子編集が可能になることで、社会階級の不平等が、遺伝子の不平等にエスカレートする可能性もある。貧富の差が遺伝子の差を生み出し、社会の分断が一気に加速するかもしれない。さらに遺伝子レベルで差がでることで、人間という“種”が変化し、進化の枝分かれを引き起こす可能性もある。また、遺伝子編集による“優秀な子孫の選択”は、“優秀でない子孫の排除”につながる可能性もある。

ソクラテス哲学を知り、最新遺伝子工学でよりよい未来をつくる

 科学の原動力は、「知らないことを知りたい」という「知の追求」だった。人間の知の欲求や知識を封じ込めることは不可能だ。

 しかし人間は、全てを知り得る「全知全能の存在」からは、はるかにほど遠い。現実に、歴史を通じて人類はさまざまな誤りを繰り返してきた。かつて「夢のエネルギー」と言われ「想定外の事故は決して起きない」と言われた原子力発電は、あの福島第一原発事故を引き起こした。古くは第一次世界大戦後のドイツで、「人類の歴史上、最も民主的」と言われたワイマール憲法が成立してからわずか数年後、自由を真っ向から否定する政党ナチスが生まれ、民主的な選挙で党首のヒットラーがドイツの首相に選ばれた。そして世界を戦争に巻き込み、ユダヤ人などを大量虐殺した。

 一方でいまやテクノロジーの発達により、人間はAIや遺伝子工学など、これまでの人間が手にし得なかった技術を、誰でも低コストで簡単に使うことができるようになった。従来「神の領域」とされていたテクノロジーを、人類は手にしているのだ。

 人間の資質は、それほど急には変わらない。今後もほぼ確実に、人類は過ちを繰り返すだろう。そんな時代に切実に求められるのが、「自分は何も知らないと自覚している」という“不知の自覚”に立ち戻ることだ、と永井氏は言う。

 「いま私たちに必要なことは、『知的な謙虚さ』です。私たち一人ひとりの教養が、人類の存亡を左右する時代になりました。だからこそ、教養を学びましょう。教養に裏付けられた『知的な謙虚さ』が、人類を救うのです」(永井氏)

 教養を学ぶことで、自分は何も知らないという“不知”の自覚を得ることができ、人は謙虚になる。よりよい未来をつくるために重要なのは、異なる分野の教養を横断的に身に付け、これらを俯瞰することで、より正しく状況を評価/分析を行うことなのだ。永井氏は、教養を学ぶことは、これからの時代にますます重要になると結び、講演を終えた。

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