「60歳からが人生の旬」──禅が導く“後半戦”の生き方改革ITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(1/2 ページ)

「西洋から東洋へ」「目に見えるものから見えない価値へ」、人生の前半で築いた外的成果を、後半では内的な実りへと変換していく。

» 2025年12月09日 07時09分 公開
[京部康男ITmedia]

 人生の「後半戦」を、あなたはどんな顔で迎えたいだろうか──。株式会社Zentre代表取締役の吉田有氏は、アラスカでの原木調達、アパレル企業経営、ビジネスコーチ株式会社創業を経て、現在はエグゼクティブコーチとして活動している。30年以上にわたり座禅を続け、延べ300人以上の経営層にコーチングを提供してきた人物である。そんな吉田氏がITmedia エグゼクティブ勉強会で語った「禅ZEN的視点で考える人生100年時代」は、人生の後半戦をどう生きるかを静かだが鋭い問いとして突きつける内容であった。

ミドルシニアの分かれ道――2つの実例が示す選択

Zentre代表取締役 吉田有氏

 人生の後半で、「ここで終わる人」と「ここから始める人」はどこで分かれるのか。吉田氏は、その境目を浮かび上がらせるために、対照的な2人のミドルシニアの事例を紹介した。

 1人目は、58歳のAさんである。Aさんは日本を代表する都市銀行に勤務し、役職定年を迎えた。会社から提示されたのは、中小企業への転籍で現在の報酬の8割を維持するか、銀行に残り報酬を六割に下げるかという二択だった。Aさんは経済的理由から、報酬8割維持の転籍を選ぶ。

 ところが、その選択を聞いた妻はこう告げたという。「娘が結婚する時、あなたがその銀行にいるかどうかはとても重要。銀行を取ったら何も残らない」。現在Aさんは、「自分の人生はこれで終わってしまったかもしれない」という感覚を抱いていると紹介された。肩書や所属を守るはずの選択が、結果として「終わり」の感覚を呼び込んでしまう。このあたりに旧来型キャリアの残酷さがにじんでいる。

 2人目は、74歳のBさんである。Bさんは72歳まで中堅ソフトウェア会社の経営に携わり、その後73歳で長野県安曇野に移住した。74歳で個人起業し、ビジネスパーソンが自然の中でリフレッシュできる場を提供する事業を始めた。Bさんは長年、社員がメンタルで苦しむ姿を目の当たりにしてきた経験から、「何かできないか」と考えたのだろう。企業経営の前線から離れた後に、自らの経験と問題意識を土台に、新しい場をつくろうとする姿勢には、人生後半の1つのモデルが映し出されている。

 ここで吉田氏は「この2人の違いは何か」と問いかける。Aさんは終身雇用や年功序列といった従来のパラダイムから抜け出せず、外側からの評価に縛られている。一方、Bさんは人生の意味を求め、これまでのパラダイムを手放して新たな一歩を踏み出した。同じミドルシニアでありながら、「ここで終わった」と感じる人と「ここから始める」と捉える人。その分かれ目が、2人の対比を通じて自然と浮かび上がってくる。

人生100年時代のパラダイムシフト

 この2人の事例を踏まえて、吉田氏は、従来の人生設計と人生100年時代の人生設計の違いを整理してみせた。かつての前提は、20歳まで教育、60歳まで仕事、その後は余生という直線的な流れである。約40年間の労働期間をどう乗り切るかという発想だった。

 しかし、寿命が延び、80歳頃まで働くことが現実味を帯びる中で、この設計図そのものを描き変えざるを得なくなっている。そこで吉田氏は、仕事を2つのステージに分けて捉える視点を提示した。ステージ1は家族のため、会社のために働く40年であり、日本型雇用の中で多くの人が歩んできたゾーンである。

 その先に続くのがステージ2だ。ここでは「自分のための仕事」に移行することが重要になると吉田氏は指摘する。これまでをこれからに変える転換点であり、AさんとBさんの分岐も、まさにこのステージ2をどう捉えるかの違いから生じている。

 この転換を支える鍵として、吉田氏は「西洋から東洋へ」「目に見えるものから見えない価値へ」という視点のシフトを挙げた。ステージ1では、地位、肩書、収入、評価といった目に見えるものに向かって走ってきた人が多い。ステージ2では、経験、つながり、心の豊かさ、内面の充実といった、目に見えない価値を大切にする方向へ舵を切る。人生の前半で築いた外的成果を、後半では内的な実りへと変換していくイメージである。

これまでとこれからのパラダイム

西洋思想から東洋思想へ――「陰」の時代

 人生の後半戦を支えるためには、数字で測れる「陽」の成果だけでなく、見えない「陰」の価値に目を向ける必要がある。吉田氏は、このテーマを近代以降の西洋的アプローチと東洋思想の違いから説き起こした。

 産業革命以降の西洋近代思想は、科学技術の発展を重視し、分析的で数字やエビデンスを基盤としてきた。KPIや売上、株価といった指標を高めることが、組織の最優先事項とされてきた時代である。「目に見える果実を得るために、みんな一生懸命頑張ってきた」と吉田氏は振り返る。

 しかし今、東洋思想的アプローチの重要性が高まっている。果実を得るためには、見えない根や土壌が必要であり、そこが痩せていれば木そのものが朽ちてしまう。成果の数字だけを見ていては、組織も個人も持たなくなるという危機感がにじむ。

西洋思想から東洋思想へ、果実を得るためには、見えない根や土壌が必要

 ここで吉田氏は、東洋思想の「陰陽論」を引用する。「陽極まれば陰となり、陰極まれば陽となる」。資本主義の成長は陽のエネルギーであるが、その行き過ぎの結果として、環境問題、エネルギー問題、食料問題などさまざまな課題が顕在化している。極まれば陰になる。だからこそ今、見えないものが大切という「陰」の側に目を向ける時期ではないかと語り、「時代はインビジブルだと感じます」と言葉を添えた。数字に表れない領域こそを見直さなければならないというメッセージである。

天命・天職・天分を見つける

 では、人生後半の軸をどこに置くのか。その問いに対して、吉田氏は「天命」「天職」「天分」という3つのキーワードを示した。

 天命とは、天から与えられた使命や、人生をかけて取り組むべき大きな目的を指す。天職は、その天命を果たすための仕事であり、英語ではcalling、天が呼んでいる仕事と表現される。

 ここで吉田氏は、「では天の声をどう聞くのか」と問いかける。その答えとして、「ご縁こそ声である」という一言を提示した。人生で遭遇する人、情報、問題といった縁を内省し、その出来事の意味に耳を澄ませることで、心から湧き上がってくるものを見つけていく。重要なのは純粋な気持ちであり、損得ではなく「意味」で考えることだと語る。

 天分については、哲学者・芳村思風による「天分発見の五つのツボ」が紹介された。やってみて好きになれるか、興味関心が持てるか、得意と思えるか、他人よりうまくできるか、真剣に取り組んで問題意識が湧いてくるかという五つの視点である。さらに論語の「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」という教えも引用し、「好きこそものの上手なれ」の重要性を強調した。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ITmedia エグゼクティブのご案内

「ITmedia エグゼクティブは、上場企業および上場相当企業の課長職以上を対象とした無料の会員制サービスを中心に、経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。
入会いただくとメールマガジンの購読、経営に役立つ旬なテーマで開催しているセミナー、勉強会にも参加いただけます。
ぜひこの機会にお申し込みください。
入会希望の方は必要事項を記入の上申請ください。審査の上登録させていただきます。
【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上

アドバイザリーボード

根来龍之

早稲田大学商学学術院教授

根来龍之

小尾敏夫

早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授

小尾敏夫

郡山史郎

株式会社CEAFOM 代表取締役社長

郡山史郎

西野弘

株式会社プロシード 代表取締役

西野弘

森田正隆

明治学院大学 経済学部准教授

森田正隆