「頑張りすぎるリーダー」ほどチームを停滞させる? 「自己犠牲」が主体性を奪うメカニズムとは

AI研究者で起業家である堀田氏は「自己犠牲」こそが組織を腐らせる猛毒であると断言している。リーダーが「いい人」であろうと身を削れば削るほど、チームは思考を停止し、主体性は死に絶えていく。

» 2026年02月09日 07時00分 公開
[堀田創ITmedia]
『マネジメントの原点: 協働するチームを作るためのたった1つの原則』

 「私がここで踏ん張れば、全て丸く収まる」

 「メンバーはもう限界だ。この泥を被るのは、リーダーである私の役目だ」

 あなたがそう自分に言い聞かせ、1人で重荷を背負おうとした瞬間、その背中は周囲には責任感の強い理想的なリーダーとして映るかもしれません。しかし、あえて残酷な真実を告げなければなりません。その「献身」は、美談などではありません。あなたが良かれと思って差し出しているその優しさは、部下から「成長」という機会を奪い去り、組織の未来を食いつぶすことになります。

 AI研究者であり起業家である堀田創著『マネジメントの原点』(東洋経済新報社)では、この「自己犠牲」こそが組織を腐らせる猛毒であると断言しています。リーダーが「いい人」であろうと身を削れば削るほど、チームは思考を停止し、主体性は死に絶えていく──。

 なぜ、あなたの血の滲むような努力は、組織を弱くするのでしょうか。本記事では、多くの職場を覆う「停滞」の正体を、精神論ではなく認知科学の視点から冷徹なメスで解剖します。

「指示待ち」の正体は「心理的逃避」

 「もっとはっきり指示をください」

 「この件、どうすればいいですか?」

 自律性が叫ばれる現代において、なぜこれほどまでに「正解」を乞うメンバーが後を絶たないのでしょうか。彼らは無能なのでしょうか? やる気がないのでしょうか? いいえ、彼らはただ 「恐れて」いるのです。

 人間には、無意識のうちに「支配されたい」と願う根源的な心理が潜んでいます。不確実な世界で、自ら決断を下すこと。それは「失敗の責任を1人で負う」という、脳にとって強烈なストレスを伴う行為です。だから、彼らは無意識に「指示」という名の安全地帯を求めます。「上司に言われた通りにやった」という免罪符があれば、失敗しても傷つかずに済むからです。そして「ご都合主義の暗黙の合意」がパワハラを育みます。

 リーダーは「衝突」から逃げ、部下は「責任」から逃げる。この利害が不幸にも一致したとき、組織に生まれるのがこの「ご都合主義の暗黙の合意」です。

 部下は「上司が全部やってくれるから、余計な口出しはしないでおこう」と口をつぐみ、上司もまた「部下は何も言ってこないから、このやり方でいいだろう」と錯覚する。表面上、そこには争いはありません。会議は静かに進み、業務は淡々と回っているように見えるでしょう。しかし、それは平和ではありません。「互いに思考停止すること」に合意した、死んだ組織です。

 私は、このことを「不健全な合意」と呼んでいます。この「沈黙の均衡」の中では、本質的な議論やイノベーションは決して生まれません。誰かが勇気を出して「これ、おかしくないですか?」と声を上げようものなら、「空気を読め」という同調圧力が、その声を瞬時に圧殺します。

問うべきは合意の「有無」ではなく「健全性」

 多くのリーダーは、「会議で反対意見が出なかった」「みんなうなずいていた」という事実をもって、「合意形成ができた」と安堵します。しかし、だまされてはいけません。その「合意」は、砂上の楼閣です。本書が繰り返し問いかけるのは、合意の有無ではなく、その「健全性」です。

 「不健全な合意」とは、圧力や忖度(そんたく)、諦めによって形成されたものです。「ハイ、分かりました」という従順な言葉の裏に、「どうせ言っても無駄だ」という絶望が隠されている状態です。対照的に「健全な合意」とは、心理的安全性と自律性が確保され、メンバーが「自分の意思でこの道を選んだ」という、手応えを持てる状態を指します。

 たとえ時間がかかっても、異論や反論が飛び交い、葛藤を乗り越えて得られる「健全な合意」だけが、実行段階で圧倒的なスピードと熱狂を生みます。逆に、不健全な合意は、その場しのぎの麻酔にすぎません。後になって「聞いていなかった」「納得できない」という反乱や、モチベーションの枯渇という形で、利子をつけて巨大なコストを請求してくるのです。リーダーが見るべきは、会議室の静けさではありません。その静寂の裏に沈殿している「諦め」の量なのです。

「操作」や「忖度」を排除する「2本の境界線」

 では、どうすればこの不健全な依存や操作の連鎖を断ち切り、本当の意味での「健全な合意」を築けるのでしょうか。精神論で「もっと本音を言い合おう」と呼びかけても、一度出来上がった空気は変わりません。必要なのは、コミュニケーションの構造を物理的に変える「技術」です。本書が提唱する最強の武器、それが「2本の境界線」です。

 多くのリーダーは、部下の要望や不満に対し、「受け入れるか、断るか」の二択(1本の境界線)で苦しみます。「残業したくない」と言われたら、「受け入れる(自分がやる)」か「断る(強制する)」しかないと思いがちです。断れば嫌われ、受け入れれば自分が潰れる。このジレンマが、リーダーを追い詰めます。だから、境界線をもう1本、心の中に引いてください。

 1本目は「受容」です。「なるほど、君はそうしたいんだね」と、話だけは聞く。否定も肯定もしない。ただ、相手の事実として受け止める。そして2本目は「決断」です。その上で、組織の現状と自分のリソースに照らし、「でも、今回はそれは採用できない」と、行動としては断る。この「2段階」を意識するだけで、世界は変わります。「話は聞くが、引き受けるとは限らない」。この当たり前の切り分けができるだけで、あなたは「嫌われる恐怖」から解放されます。

「現実」から逃げるな、「他責」にするな

 最後に、最も重要な問いをあなたに投げかけます。

 あなたが今、リーダーとして部下のため・チームのためにしている仕事は、本当に彼らのためでしょうか? 「彼らはまだ未熟だから」「会社がリソースをくれないから」そんな言葉で、自分を「被害者」のポジションに置いていませんか。

 厳しいことを言いますが、それは「逃げ」です。「部下のため」「チームのため」という美名に隠れて、あなたは「メンバーと向き合い、対立し、交渉する」という、リーダーとして最も心理的負荷のかかる仕事から逃げているだけかもしれません。

 本当の自責とは、「私が悪い」と自分を責めることではありません。「私の人生に起きていることは、全て私が選んだことだ」と、腹の底から認めることです。「私は、部下に嫌われるのが怖くて、残業することを選んだ」「私は、面倒な交渉を避けるために、自分でやることを選んだ」。そう認めた瞬間、景色は一変します。「やらされている」という被害者意識が消え、あなたの手に人生の主導権が戻ってくるからです。自分が選んだのなら、選び直すこともできるからです。

 「他人のために」と嘘をつき、他人のせいにするのは、もうやめましょう。自分の欲望に、恐怖に、正直になってください。

 「私は今日は帰りたい。だから、この仕事は君に任せる」

 そう言えたとき、あなたは初めて「良き人」という呪縛から解き放たれ、一人の人間として、そして真のリーダーとして、部下の前に立つことができるのです。あなたのその「自分でいる」という覚悟が、チームに眠る本当の熱狂を呼び覚ますのです。

著者プロフィール:堀田創(ホッタ ハジメ)

Hajime Institute/株式会社シナモン創業者

AI研究者・認知科学研究者。AI関連研究で博士号取得後、連続起業家として活躍。シリウステクノロジーズ(ヤフーにより買収)のChief Scientistを務め、ネイキッドテクノロジー(ミクシィにより買収)の創業・売却後、Cinnamon AIおよびNexus FrontierTechを設立。技術に立脚したビジネスをゼロから立ち上げ、成長・拡大・売却へと導いてきた実績を持つ。現在は、最先端のAI研究と認知科学の橋渡し役として、企業が「認知的AI」を通じてビジネス価値を最大化できるよう支援している。著書に『チームが自然に生まれ変わる――「らしさ」を極めるリーダーシップ』『ダブルハーベスト――勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン』(ともに共著、ダイヤモンド社)がある。


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