採用の勝敗を分けるのは“違いの言語化”――秋山真氏が語る「選ばれる企業」の条件ITmedia エグゼクティブ勉強会リポート

大企業も中小企業もスタートアップといった規模を問わず、採用に困っている。その背景には、雇用の流動化、コロナ以降の働き方の多様化、就活・転職で使われるツールの変化という3つの大きな変化が同時に起きている。

» 2026年02月04日 07時00分 公開
[京部康男ITmedia]

採用の難易度が「圧倒的に」高まっている時代

『「これまでと同じ採用手法で大丈夫なのか?」と悩んだときに読む 採用の新基準』(アマゾン)

 採用難易度が急上昇する現代、「いい人材が採れない」「内定を出しても辞退される」という課題を多くの企業が抱えている。『「これまでと同じ採用手法で大丈夫なのか?」と悩んだときに読む 採用の新基準』の著者で、No Company代表取締役社長の秋山真氏は、100社以上の採用支援経験から、採用成功の鍵を「スタイルマッチ」という概念で提唱。マーケティング視点から採用の本質的な課題と打開策を語った。

 「今ほぼ全ての企業が採用に困っています。大企業も中小企業もスタートアップといった規模を問わず、困っているようです」と秋山氏は断言する。

 その背景には、雇用の流動化、コロナ以降の働き方の多様化、就活・転職で使われるツールの変化という3つの大きな変化が同時に起きているという現実がある。

採用課題の正体は「認知・認識・動機づけ」の3つの壁

No Company代表取締役社長 秋山真氏

 こうした中で、秋山氏は採用に共通する課題を「認知・認識・動機づけ」の3つの壁として整理する。

 まず「認知」の壁。社名や応募者の認知がなければ、そもそも募集に人が集まらない。特に知名度の低い企業にとっては、これが最初のハードルとなる。

 次に「認識」の壁について。秋山氏は「私自身、パナソニックの半導体事業がどんなことをしているのか、KDDIが宇宙関連の事業を展開しているのか、実際に関わるまで知りませんでした」と話す。多くの企業は、社名は知られていても何をしているのかが正確に理解されていなかったり、業界や職種に対する先入観で損をしていたりする。

 そして2022年頃から顕著になってきたのが「動機づけ」の壁である。これは選考接続率や内定承諾率の低下として表れている。「アトラクト」と呼ばれる動機づけ、つまり自社を選んでもらうために、口説く難易度が格段に上がっている。

 実際、新卒採用の現場では、学生1人あたり平均3.4社を辞退するというデータがある。旧帝大クラスになると7〜8社が平均となる。企業側から見れば、エントリーを集め、選考を進め、内定を出しても、そこから3〜4社とバトルしなければならないというのが現実だ。

 「自社の採用課題がこの3つのどこにあるのか、どれが優先順位が高いのかを認識しているリーダーやチームの採用は非常に強い」と秋山氏は強調する。

なぜ「スペック訴求」では勝てないのか

 多くの企業が陥りがちなのが、給与や福利厚生、制度といった「スペック」のみで採用活動を行おうとすることだ。

 「スペックだけでは他社と差別化しにくく、同質化しやすい。スペックで比較されると、結局スペックがいい企業に行ってしまうのは当然です」と秋山氏は指摘する。年収で勝負できるスタートアップもあるが、多くの企業はそうではない。

 ここで秋山氏が提唱するのが「スタイルマッチ」という考え方だ。スタイルとは、価値観や行動様式のことである。例えば「フルリモートOK」「完全フレックス」という制度(スペック)は同じでも、「時間の使い方は自分で最適化すべきという価値観がある」のか、「信頼があるから自由がある、という自由と責任の考え方を重んじている」のかで、同じ制度でも企業ごとの違いが見えてくる。この違いを言語化することで、入社後のミスマッチも防げるという。

スペックとスタイルの違い

スタイルを「4つの視点」で多角的に言語化する

 秋山氏は、スタイルを効果的に活用するには「4つの視点」で分解することが重要だと説く。縦軸に「事業」と「組織」、横軸に「会社」と「個人」を置く。この4象限でスタイルを捉えることで、価値観を多角的に見せることができる。

企業の価値観を4つの視点で整理する

 特に近年重要度が増しているのが「会社と個人の幅」だ。理念やパーパスといった「会社視点のスタイル」だけでは、最後の意思決定で選ばれないケースが増えている。

 会社視点のスタイルがマッチしたからといって、求職者から選んでもらえたり、それだけが入社後もずっとその会社に居続ける理由にはならない。求職者や働く人に選んでもらうためには、個人寄りのスタイルが決め手になる。

 エンジニアから見た組織と営業から見た組織は同じ会社でも違う。エリア別、レイヤー別、同世代の社員、2〜3年先の先輩、こうした個人単位の価値観や行動様式を具体化できるかどうかで、採用力は大きく変わる。

採用に失敗する「7つのワナ」の根本原因

 秋山氏は、100社以上の支援経験から、採用に失敗する企業に共通する「7つのワナ」を挙げる。スペック依存症、社員不在の採用広報、「よいことを言っている風」の抽象的表現、すごすぎて求職者にピンとこない魅力発信、独りよがりで差が伝わらない会社説明、「優秀人材」という幻想、昭和・平成型の採用コミュニケーションだ。

採用の7つのワナ

 これらの根本原因は大きく2つに集約される。

 1つ目は、「会社と個人の視点の幅を説明できない」ことだ。「人がいい」「成長できる環境」「若手活躍」「社会貢献」――これらは秋山氏が聞いてきた中でトップ4の抽象的な表現だという。「人がいい」とはどういうことか、と聞けばエピソードは出てくるが、それが採用サイトや面接に落とし込まれていないのはもったいない。

 2つ目は、「自社以外のことを知らない」という問題だ。「営業でも同じですが、自社のサービスのいいところだけ言って、他社や社会トレンドの話ができないとフェアな営業ができません。採用も今は売り手市場で必ず比較されていて、敵がいることを忘れてはいけません」と秋山氏は警鐘を鳴らす。

求職者にはささらない表現

会社紹介より「社員紹介」が重要な理由

 秋山氏が2025年を通じて最も多く発信したメッセージが「会社紹介よりも社員紹介」「企業紹介よりもキャリア紹介」だという。

 その背景には、若手世代の離職理由がある。学生との対話から見えてきたのは、「上司と合わない」「2〜3年先の先輩を見て将来のキャリアが不安になる」といった、会社視点ではなく個人視点の理由だ。

半径5メートル以内の共感

 秋山氏はこれを「半径5メートル以内の情報」と呼ぶ。日常的に一緒に働く人の環境や相性は、理念やパーパスよりも求職者の意思決定に直結する。「ミッションやパーパス、社長の言葉は重要です。でも今は『実際にそれがどう実行されているのか』を確認される時代。言っていることとやっていることが合っているのかを非常に重要視しています」と秋山氏は指摘する。

 具体的な取り組み事例として、三井住友海上の「配属地確約コース」がある。エントリー時に勤務地を選べるこの制度に合わせ、同社は47都道府県分の採用サイトを作成した。北海道支社と東京本社と沖縄支社では、顧客も働く人のライフスタイルも異なる。会社としてのスタイルは一つでも、エリアごとの個人視点のスタイルは言語化して発信する必要がある。

EVP(従業員価値提案):鍵となるのは「違いの言語化」

 次に秋山氏が挙げるのが「違いの言語化」だ。具体的には「EVP(Employee Value Proposition:従業員価値提案)」の明確化である。EVPとは、「自社が提供できる魅力」「働く人のニーズと接続しているもの」「他社が提供できない価値」が重なる領域を指す。

 実際、採用が強い会社は、『なぜあなたがうちに来なきゃいけないのか』を間髪入れずに話すことができる。EVPを明確に語れることが、動機づけの壁を超える鍵となるのだ。

 EVPは1つである必要はなく、ターゲットごと、競合ごとに2〜3パターン用意しておくことを推奨する。例えば、HRや採用領域出身者と、広告やブランディング領域出身者では採用競合が異なる。それぞれに対して、他社とうちはここが違う、あなたに合っていると思うから来てほしい、そう提案できる準備が必要だ。

 AI時代における採用は、企業の発信の仕方も重要になる秋山氏がAI時代における優れた事例として挙げたのが、ロート製薬の取り組みだ。同社はエントリーシートを廃止し、15分の対面による「Entry Meet採用」を導入した。AIでエントリーシートを書く学生が増え、内容が同質化してしまうことへの対応だ。企業側も同様で、AIツールを使った情報発信は同質化しやすい。

 こうした中で差別化しやすいのが「企業のB面」だ。給与や待遇といったA面ではなく、働く人の価値観やカルチャー、関係性といった情報である。社風を伝える手法としては、2人のやり取りから関係性が自然に見えてくる、「対談形式」のコンテンツが有効な一つの手だという。ほかにも、動画で見せる・ビジュアルで訴求する・名刺ではなく動詞で説明する(例えば制度の名前ではなく、それがどうやって使われているか)などもテクニックとしてあるという。

企業のB面

採用戦略を再構築するために必要な視点とは

 最後に、この1年で最も成果が出た施策として挙げたのは、意外にもシンプルな3つのツールだった。会社説明資料、職種別理解資料、オファーレターの改善で、日常的に使うものだからこそ、効果が大きいという。

 特にオファーレターは、単なる内定条件通知書ではなく、選考に関わった人の思い、なぜあなたに来てほしいのかという理由、そしてEVPを盛り込むことで効果を発揮する。持ち帰れるコンテンツとして進化させる。これをやり切れている企業は選ばれやすい。

 秋山氏の提言は、採用課題を「認知・認識・動機づけ」の3つの壁で捉え直し、スペックではなくスタイル(価値観・行動様式)で差別化を図るというものだ。会社視点と個人視点の両方からスタイルを言語化し、「会社紹介より社員紹介」で半径5メートル以内の共感を生み出す。そして、EVPとして「違いの言語化」を徹底することで、売り手市場でも選ばれる採用を実現できる。

 「今日はいろいろなことを言いましたが、全部やるのは難しいかもしれません。ですので、まずは自分が取り組めそうなところから始めてみてください」と秋山氏は締めくくった。

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