製品力はあるのに売れない、新規事業が失敗続きなど、多くの企業が抱えるこうした悩みの背景には、マーケティングを担える人材の不足がある。
「新規事業が失敗続き」「製品力はあるのに、なかなか売れない」「DXが、いつの間にか"単なるシステム導入"に留まり、成果が上がらない」。多くの企業が抱えるこうした悩みの背景には、マーケティングを担える人材の不足がある。しかし同時に、「研修できる人材の不足」「研修ノウハウ不足」「研修予算の不足」という3重苦も企業を苦しめている。
ウォンツアンドバリュー株式会社代表の永井孝尚氏は、日本IBMで戦略マーケティングマネジャーや人材育成責任者を担当し、独立後は多くの企業でマーケティング人材を育ててきた。11月に開催された勉強会では、こうした課題を解決する実践的な方法論が示された。
永井氏はこうした企業の悩みの根本原因として「商品開発の考え方が間違っているからだ」と指摘する。
多くの企業は「よい商品を作ろう」と考えて、「製品視点」で取り組む。技術やアイデアを出発点に、機能や品質にこだわり、商品開発して売り始める。しかしお客から「特に欲しくない」と言われてしまい、売れないことも多い。対照的に、売れる商品は「顧客視点」で作られる。お客様の課題や行動を出発点に、お客様の悩みに徹底的に寄り添って、売れるかどうかを検証した上で、本格的に作り始めるのだ。
永井氏が紹介したのは、コミーという会社の事例だ。コンビニや駅の構内に設置されている業務用ミラーで、国内シェア8割を持つ。従業員30人ほどの埼玉県西川口の会社だ。
この会社はミラーの技術を持っていたわけではない。元々、小さな看板屋だった。回転看板の両面に凸面鏡を貼り合わせたものを展示会に出展したところ、スーパーから30個も注文が入った。数カ月後、店を尋ねてみると、万引き防止で使っていた。全く想定外の使い方だった。利益率が非常に低いスーパーでは、商品の数%でも万引きされると赤字に陥る。社長の小宮山氏はこの顧客の課題を知り、業務用ミラーを製造するメーカーへと脱皮した。
「コミーは、お客様の課題を考え続けた結果、成功したのです。これは能力の違いではありません。日々の考え方が違うということです」と永井氏は強調する。
ユーザー評価は高いのにブランド認知が低すぎる──こうした悩みも多い。永井氏は「商品づくりとブランドづくりは違うことを理解すべきです」と指摘する。
商品づくりとは、価値を形にすることだ。コミーのようにお客様の課題に気づき、解決策を検証して提供する。一方ブランドづくりでは、自社ブランドの価値の本質を言語化し、フェーズに合わせて活動を変える必要がある。
永井氏が紹介したのは、エアウィーヴの事例だ。2007年創業の寝具メーカーで、2010年から2011年にかけてマーケティング戦略を大きくシフトしている。
当初、エアウィーヴはトップアスリートから「練習の疲労が取れる」と熱狂的に支持された。例えば浅田真央さんがソチオリンピックから帰国した際、エアウィーヴのロゴ入りカバンを常に持ち歩く姿がテレビに映し出された。こうしてトップアスリートの悩み解決に集中して実績を作っていったが、これだけでは知る人ぞ知るブランドに留まり、ビジネスも成長しない。
2011年からの戦略をシフトチェンジした。コンセプトを「高品質の睡眠を実現する快眠ツール」に変更。ターゲットもトップアスリートから「快眠を求める各界の一流の人」へと拡大した。広報に加えて、浅田真央さんや錦織圭さんを起用したマス広告も展開する戦略にシフト。その結果、寝具市場におけるエアウィーヴのブランド認知が広がり、強いブランド力を獲得して売上も100億円を超えた。
「このようにブランド作りでは、フェーズに合わせて活動を変える必要があります」と永井氏は語る。
このように冒頭の企業の問題は、マーケティングを学んで実践すれば解決できる、と永井氏は指摘する。では、どうすれば良いのか。
永井氏の提案は明確だ。「会社を持続的に成長させるためには、社内でマーケターを育成するというのが、実は王道なのです」。ただし、マーケティングの専門人材を作るのではない。今の社員をマーケターに育て、会社全体を顧客志向の企業へと進化させるのだ。
しかし、ここで日本企業は構造的な問題を抱えている。まず日本企業は、そもそも人材育成に投資していない。投資のピークはバブル期で、以降右肩下がりだ。GDP比で見ると、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリアと比べて、日本は突出して低い。
「でもこのように指摘すると、『いやいや、日本企業はOJT中心なんだ。仕事で人を育てているんだよ』という人が多いんですね」と永井氏は言う。確かに厚生労働省の調査では、日本企業の人材育成は78.5%がOJTで、OFF-JT、つまり仕事を離れた研修は21.1%しかない。
問題は、本当にOJTが機能しているのかということだ。独立行政法人・労働政策研究・研修機構の2014年の調査によると、上司が業務多忙で育成の時間的余裕がないという人が3分の2、上司の育成能力が不足しているという人も3分の2近くいた。さらに厚生労働省の「能力開発基本調査」によると、人材育成戦略がない企業が8割、責任者不在の企業が8割。特に中小企業ほどその傾向が顕著である。
永井氏は厳しい現実を突きつける。「つまりOJTの実態は、“戦略なき現場丸投げ”で完全に破綻しており、機能していないのです」
こうした「OJT神話」が崩れている現実を踏まえつつ、永井氏自身は、成果を生む人材育成の基本を日本IBMの現場で学んだことを明かした。
2012年、日本IBM社員だった永井氏は、戦略マーケティングマネジャーとして15年目。業務の傍らで『100円のコーラを1000円で売る方法』を2冊出版し、3冊目を執筆中だった。このときにソフトウェア事業本部長の専務から「人材育成部長をやらないか」と言われた。
同専務はマーケティングやセールスの戦略では永井氏と協力して成果を上げてきたが、人材育成の戦略的な取り組みは手つかずだった。そこで永井氏に「IBMソフトウェア事業の事業戦略を実現する人材を育成して欲しい」と依頼したのである。
永井氏が着任した当日。IBMは四半期毎の業績実績を見た上で、翌四半期の予算を決める仕組みなので、3ヶ月毎に新たな予算申請が必要だった。そのため着任1週間以内に人材育成戦略を策定しないと、翌四半期の予算が獲得できないことがわかった。予算がなければ、人材育成の全プログラムが停止してしまう。
永井氏は人材育成は未経験だったが、IBMの戦略策定の基本が身についていた。あるべき姿と現状のギャップを理解して戦略を決め、試行錯誤を重ねて実行し、その結果から、新たなギャップを把握して戦略を進化させる、という方法だ。この考え方は、人材育成でも使えると考えた。
当時のIBMのソフトウェアは、インフラ系から業務系へのシフトが急速に進んでいた。当時の人材はインフラ系の技術課題を提案するスキルに特化していたので、業務課題に対して提案できるスキルを持つ人の育成が急務だった。
さらにIBMでは四半期ごとにCFOの予算承認が必須だったが、永井氏はこれを逆に「チャンスだ」と考えた。3カ月ごとに仮説検証を回した上で、検証結果に基づいて「これだけ成果が出たし、これだけの新たなチャンスもある。だから、これとこれをやればもっと良い結果が得られる」と交渉すれば、新たな予算を獲得してさらに成果を上げることができる、と考えた。
この結果、社員のスキルとエンゲージメントは大きく向上。四半期ごとに売上が増え、人材育成の予算も増えて、研修人員も増え、社員がさらに成長するという好循環のサイクルを、わずか1年間で実現した。
一方で当時の永井氏には、悩みもあった。単発で学びが多い研修を行っても、社員は次第に忘れてしまうので、結局成長につながらないことだ。
ドイツの心理学者エビングハウスの忘却曲線によれば、学習しても放置すれば、人は次第に忘れてしまう。しかし一方で、定期的に学んだことを復習することで、定着率は格段に向上する。永井氏は「実践を通じて学ぶことが大事だ」と考え、学びの習慣化を図った。
対応策として、全研修を業務密着型にした。教室で座学を行うが、学んだことを現場で実践することを必ずセットにした。OFF-JTとOJTの組み合わせだ。忘却を防ぐためのフォローアップを常に意識したのである。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授