仕事も家族も再定義する 首都圏のエグゼクティブが「地方」を選ぶ理由今、エグゼクティブが「地方」で描くキャリア戦略(2/2 ページ)

» 2026年05月13日 08時00分 公開
[江口勝彦ITmedia]
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地方企業への転職において立ちふさがる「3つの壁」

 一方で、エグゼクティブの地方転職にはいくつかの大きな壁が存在します。

 一つ目は、情報不足という壁です。

 地方企業のエグゼクティブ求人は、経営課題に直結する要素が大きいため、一般に公開されることがほとんどありません。求人がクローズドで動くために、「そもそも地方にどんな仕事があるのか分からない」という状態になりやすいのです。

 二つ目は、年収の低下という壁です。

 「地方に行くと収入が下がるのでは」という懸念は、未だ根強くあります。しかし実際に私が見聞きした中では、1500万円前後の条件でマッチングする事例も存在しており、一概に年収が下がるとは言い切れません。また、住宅費や教育費などの支出が大きく削減できるため、トータルで見れば生活の質が向上するケースも見受けられます。

 三つ目は、地方と首都圏との仕事の進め方・スピード感の違いです。

 地方企業に転職すると、「首都圏に比べて何事も進むスピードが遅い」と感じ、戸惑う場合もあるでしょう。ただ、裏を返せばそういった課題こそエグゼクティブの腕の見せ所です。これまでに培った知見やノウハウで組織を変化させてこそ、エグゼクティブにふさわしい報酬を受け取れるのです。

地方企業が求めているのは「変革の右腕」と「プロフェッショナル」

 地方企業がエグゼクティブを求める場合、「変革の旗振り役」としての役割を期待しています。特に事例として多いのは、オーナー企業の後継者と二人三脚で組織改革を進めるケースです。

 地方の老舗企業では、後継者が組織を変革させようとしても、なかなか思うように進まずに悩む例が少なくありません。その際、相談相手や実行役となって共に変革を行う右腕として、エグゼクティブを求めることがあります。

 そして地方企業への転職で多いもう一つの例は、大企業の本社に専門職として入るケースです。

 内部監査やリスクマネジメントなど、特定領域における高度なスキルを持つ人材は、地方では非常に希少です。そのため、企業の求めるスキルとフィットすれば、高い確率で重要ポジションに就くことができます。

 これら二つの役割については、次回以降の連載で詳しく事例を紹介します。

地方転職だからこそ得られる「3つの価値」

 エグゼクティブの地方転職は、個人・企業・地域の三者に大きな価値をもたらします。

 個人が得る価値では、やりがいや成長の実感が大きくなります。地方企業の抱える課題を解決に導く中で、自らの意思決定が組織の変革に直結する場合も多く、「仕事の手応えが大きく変わった」と感じるエグゼクティブは非常に多いです。また、家族・友人がいる地元での生活や自然に囲まれた環境の中で、プライベートの充実を感じる方も多くいます。

 また企業にとっては、首都圏や大企業の視点を持つエグゼクティブが仲間入りすることで、組織変革の原動力となります。特に、これまでにない知見やネットワークを持つ人材の参画は、事業の可能性を大きく広げてくれます。

 地域にとっても、企業の成長が雇用の維持・創出を後押しします。地方企業は地域社会と密接に結び付いているため、企業が変革することで地域全体の活性化にも貢献できます。

地方企業で活躍し続けるエグゼクティブの心得

 地方企業でエグゼクティブが活躍するために重要なのは、職場内での関係構築を丁寧に行う姿勢です。

 過去の成功体験をそのまま地方企業に持ち込み、「こうすれば間違いない」と押し付けても、現場が動くことはありません。大切なのは、相手の立場や背景を理解しながら、合意形成を少しずつ積み重ねていくことです。

 また、地方企業では「何を言うか」以上に、「誰が言うか」が重視される傾向があります。現場のメンバー同士の関係性が強く、外部から来たエグゼクティブに対して一定の距離を置くケースもあります。「信頼関係が構築されて初めて、社員が納得して動く」ということをあらかじめ知っておき、まずは現場に入り込んで対話を重ねながら、信頼関係を築くプロセスが欠かせません。

 事業承継や上場対応、DX・人的資本経営といった課題を背景に、地方企業では高度な知見を持つ人材へのニーズが高まり続けています。エグゼクティブの地方企業への転職の潮流は、今後も拡大していくと見られます。

 もちろん、情報の非対称性や生活環境の変化など、乗り越えるべき壁もあります。しかし、地方企業にはエグゼクティブが持つ豊富な経験を生かしながら組織を変革し、大きな手応えを得られるフィールドが広がっています。

 「地方転職は妥協ではなく、首都圏で得た知識・スキルをより幅広く生かすための戦略的な選択である」――そう考えると、エグゼクティブの地方におけるキャリアの可能性は、これまで以上に広がっていくのではないでしょうか。

著者プロフィール:株式会社エンリージョン 代表取締役 江口勝彦

1978年生まれ、千葉大学卒。

プロバスケットボール選手から、リクルートでのセカンドキャリアを経て、2010年に地方特化型の人材紹介会社エンリージョンを設立。UIターン転職に特化した全国最大級の人材紹介ネットワーク「リージョナルスタイル」に加盟し、新潟・群馬・長野・山梨・富山・石川・福井・滋賀の8県9拠点で事業を展開。

経営層・部長職以上に特化したエグゼクティブサーチを強みとし、地域企業の経営課題に対して「人材」という観点から意思決定を支援。経営者と向き合いながら、組織づくり・事業成長に直結する採用支援を行っている。

現在は経営者であると同時にキャリアコンサルタントとしても活動し、転職支援およびキャリアデザインサービスを提供。現場と経営の両視点から、これからの働き方と人材戦略のあり方を提言している。

著書に『30代から地元で暮らす 幸せのUターン転職』(幻冬舎)、『マンガでわかる 仕事と子育ての両立の壁にぶち当たった30代共働き夫婦が「キャリアデザイン」に本気で取り組んだら……』(ディスカヴァー21)がある。


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