ASEAN市場攻略の要諦飛躍(2/3 ページ)

» 2014年01月27日 08時00分 公開
[山邉 圭介(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger

2.ASEANで勝てる戦略を描くには

 ASEANで勝てる戦略を立てるために必要なことは、「"現地現物"で市場を正しく理解すること」と「シナリオプランニングによる不確実性への対応」の2つである。しかしながら、この2つを本当の意味でやり切れている企業はまだ少ない。従って、本気でこの2つを徹底的に追求できれば"合理的に"「勝てる戦略」「利益を出せる戦略」を描けるチャンスは大きい。

"現地現物"で市場を正しく理解する

 先に述べたようにASEAN10ヶ国はすべて違う顔を持っている。すべての国に共通な戦略は基本的にはない。それがこの地域の難しいところである。それぞれの国の実態を徹底的に理解する必要がある。またASEANは、非常に速いスピードで大きく変化している。消費者も競合も規制も労働コストも1 年前と今ではまったく異なる。加えて統計データや二次情報が極めて少ない地域でもある。つまり戦略を構築するための正しい情報が少なく、自分の足で目で耳で情報を集めるしかない。逆に、そのような中で市場を正しく理解することができれば、それだけ競合に対して優位に立てるのである。

 市場リサーチを徹底して行いASEANで成功している企業に「Cerebos Pacific Limited」という会社がある。サントリーの子会社で東南アジアを中心に、アジア6カ国に拠点・工場を構え19カ国で健康食品を展開する企業である。徹底的に消費者を理解することを戦略の基本に据えており、各国の消費者と市場構造に合わせた商品開発、プライシング、マーケティング、販売チャネル戦略、利益モデル設計を実現している。消費者調査を依頼する調査会社も各国に精通している最適な調査会社を選ぶために現地でスクリーニングを行う徹底ぶりである。

図表4:“現地現物”で理解すべき市場の現状

 では、市場の何を理解すればよいのか。特に現地現物で理解すべき重要なことは、「顧客」、「市場構造」、そして、その市場において求められる「コスト水準」だと考える(図表4)。ひとつの国においても複数の人種・文化をもった消費者がおり、それぞれの特性を理解することは不可欠であり、セグメント毎の消費者ニーズ、所得水準、消費行動の理解は戦略構築の前提である。さらに、各国毎に各セグメント毎の市場規模(単価水準×ボリューム) を的確に見える化することがASEANにおける事業モデル設計・収益モデル設計には欠かせない。

 また、これはB2CのみならずB2Bでも同じである。次に、「市場環境」の理解については、急速に事業環境が変化していくASEANの中で、市場がどの成長ステージにあるのか、どういったメカニズムで市場が動いているのか、誰がキープレイヤーなのかを的確に捉えることが重要だ。そのためには、バリューチェーンの川上から川下、顧客に至るさまざまな関連プレーヤーへのインタビューをし、あらゆる角度から市場を理解する必要がある。さらに、その市場において実現すべき「コスト水準」を明確に把握することが利益創出のキーポイントである。近年の競争激化、コスト圧力の増大、労働コストの上昇、といった状況に加えて、消費者の購買力が各国バラバラである中で、ASEAN市場は利益を出すのが難しい構造になりつつある。

 ASEANで勝てる戦略構築のための第一前提は、現地現物で収集したファクトに基づく市場の正しい理解である。ローランド・ベルガーが支援するプロジェクトでは生の"ファクト"に拘り必ず現地現物で徹底して情報を収集する。タイやマレーシアのように比較的二次情報が揃っている国であっても、ひとつの戦略を描くのに少なくても現地で100件近いインタビューを行う。情報が少ないミャンマーやラオスの戦略構築の場合はなおさらである。

シナリオプランニングによって不確実性へ対応する

 ASEANは極めて多様性を持った複雑な市場であり、変化のスピードも早く、不確実な要素が多い地域である。市場の将来動向や顕在化していない顧客ニーズを見誤ると大きな失敗をもたらす。例えば、政府の需要喚起策で一時的に急拡大した市場を成長市場と捉えて生産能力拡大に大きな投資をすれば将来にわたって苦労することになる。経済成長スピードを越えた一時的な需要拡大は間違いなく市場低迷という調整局面を経ることになる。

 直近の例ではタイのファーストカーインセンティブによって一時的に急拡大した自動車市場がそれに該当し、向こう数年間は国内自動車販売市場の成長は見込めない。ASEAN市場においては特に起こり易い事象であり、的確に将来動向を読むことが不可欠である。将来にわたる多様な顧客ニーズと市場変化を確実に捉えて事業化するには、ニーズや変化を事前に見極める「先読み」と、短期間でそのニーズや変化に対応するための「構え」が重要である。

 「先読み」とは、将来の事業環境変化における重要因子を見極め、合理的に将来を予測することである。「先読み」の精度・品質を上げるためには、次のようなことが求められる。トップダウン(マクロトレンドからの落とし込み)とボトムアップ(現場・顧客起点での積み上げ) の両面のアプローチによって客観性・合理性を追求すること、将来における不確定要素を洗い出し複数のシナリオを想定しておくこと、将来変化を顧客価値に落としこみ最終製品に求められる顧客ニーズを先読みすること、定期的な先読みのアップデートと毎年のローリングを続けることである。

 加えて、シナリオを先回りすることで「将来を引き寄せる」ことができる。例えば、政府をはじめとして多くの関係者を自社の思惑に上手く誘導することによって、業界トレンドや有利な政策自体を形成することは極めて有効な手段である。特に従来からASEAN各国の政府や業界団体とのつながりが深い日本企業にとっては重要なアプローチといえる。

 次に「構え」であるが、いかに短期間で多種多様なニーズや変化に対応できるようにしておくとか、ということである。「先読み」の中で複数のシナリオを想定し、あらゆる状況に柔軟かつ迅速に対応できるようにしておくことが重要である。「構え」のひとつの方法論としては「組み合わせ」によってあらゆるニーズに対応できるようにしておくことが挙げられる。多様なニーズを満たせるよう「コンポーネント」や「設計ノウハウ自体」を分解し、 「組み合わせる」ことで短期間の開発対応が可能になる。

 例えば、自動車メーカーのVWはグローバルで開発のモジュール化を進め、新興国を含めた世界中のあらゆるニーズに迅速に対応できる体制を持っている。車両の6〜7 割の部分はモジュールで用意しており、モジュールの組み合わせと非モジュール部分の設計だけで、多種多様な商品を短期間で実現できる。また日清は、世の中の「味」を要素に分解してデータベース化するとともに、味の要素とその組み合わせを司る味覚ソムリエを配置して、新たに発掘し、どんなラーメンスープも素早く再現可能な体制を持っている。一方で、あらかじめ価格を含む多様なニーズを包含した形で、「標準・汎用品」を準備しておくことも、多様なニーズに対応する有効な手段である。

 近年、日本の大手自動車メーカーや、大手部品メーカーなどもASEANにおけるシナリオプラニングを強化している。ある大手自動車メーカーにおいては、変化の激しいASEAN地域の外部環境を踏まえて、複数の非連続的な変化シナリオを想定し、それらに耐えうる将来戦略を構築することを目指している。大手部品メーカーにおいては、シナリオ設計のプロセスにASEAN各国の現地スタッフを巻き込み、地域一丸となって将来に向けた戦略検討と備えを行おうとしている。また現地スタッフを参画させることによって、先を読むことの重要性を現地スタッフにも浸透させ、最悪のシナリオも検討させることで危機感を醸成する効果も狙っている。

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