では機器ベンダー主導ならよいか、というとそうでもない。それはアクトビラを見ても分かる。アクトビラ対応のテレビも、アクトビラベースのセットトップボックスも世界に出ていく「気配」すらない。製造段階のコストパフォーマンスを競争力の源としてきた機器ベンダーにしてみれば、むしろ通信事業者やOSベンダーの下請けに徹することが、経営上の合理的判断としているのかもしれない。そして、それが成り立つには通信業者が技術要件などをすべて規定し、サービスも用意して、デバイスを大量に買い上げてくれるというビジネス環境が前提条件となる。
もちろん、そんな甘い環境は、現在、そしてこれからも存在しない。
そうして機器ベンダーは、アクトビラ規格のようにかなりネットワーク中立的な機器(注4)を生み出しながら、単に事業戦略上の選択で世界的なビジネスチャンスを逃すのである。
だが、機器ベンダーを一方的に非難するわけにはいかない。NGNに関する一連の動きにはこの誤解を助長する面があったようにわたしは考えている。
ここでNGNに目を移してみよう。そもそもNGNとは何か。NGNとは、SIP(Session Initiation Protocol)とIMS(IP Multimedia Subsystem)で制御された高速IPネット網であり、その主眼は、音声通話サービスを従来の電話とほぼ変わらぬ品質で実現することにある。ITUの規格で、最高の電送優先順を音声データに当てていることがこれを示している。
その背景には、世界的な固定電話サービスの不振がある。通信キャリアは固定電話インフラの上でインターネットサービスを提供してきたが、それを進めるうちにインフラの構造は輻輳し、コストを上昇させ、あげくにはIP「電話」サービスとの競合に晒された。そこで逆にすべてをIPネットワークに載せ替え、インフラの制御まですることで、より高度な固定電話サービスを安く実現する ── これがNGNなのだ。英BTはNGN化によって75%もインフラ維持費を削減できるというが、NGNの真価はまさにここにある。だから、映像やそのほかのデータの電送も得意な次世代ブロードバンドインフラという性質は、NGNの副産物に過ぎない。
ところが、NTTなどが宣伝した日本のNGN像は本来の「安い固定電話インフラ」ではなく、「IPTVなど映像も送ることができる、夢の高度な次世代ネットワーク」だった。しかも、システムレベルでも、NGNでは特殊なホスティングを要求されるので、サービス事業者はNTTの管理下に置かれることになる。NTT自らがIPTVを宣伝し、しかも事業者は特殊なNTT環境で事業を行う。それが、NGN環境では古い電電公社時代的なビジネスを再生するかのような誤解と、そして期待を周囲に与えてしまったのではないか。
もちろん、これは幻想だ。だが、幻想はプレーヤーに共有されることによって現実になる。
機器ベンダーやサービス事業者に聞くと、NGNに対応するかどうかはNTTが大量購入するかどうかで決める、という答えが返ってくる。加えて、当のNTT自身がNGN上のIPTVサービスをあたかもNTTがやっているように宣伝したとして国から指導を受ける始末である。幻想が事実になり始めている。
次世代ブロードバンドの世界的普及というせっかくのタイミングで、しかも次世代ネット時代のビジネスの試金石となるIPTV市場において、日本の各プレーヤーの戦略はかなりちぐはぐになってしまっているように映る。しかも、その原因の一端が当の次世代ネット環境のプロモーションが生み出した幻想にあるというのでは、これはもう「喜劇」である。
しかし、この「喜劇」は、日本のICT産業の次世代戦略という面から見れば、「悲劇」なのである。
注4 アクトビラでの映像サービスは、IPネットワークのQoSを前提としていない。それゆえ、NGNだろうがほかのブロードバンドだろうが、一定のスピードさえあればIPTVサービス端末として機能する。
1968年東京生まれ。93年、東京大学法学部を卒業して通商産業省入省。2001年より経済産業省メディアコンテンツ課課長補佐、東京国際映画祭事務局長、経済産業省情報政策ユニットプラットフォーム政策室補佐、早稲田大学大学院GITS客員准教授などを務める。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員研究員。専門はコンテンツ産業論、情報社会論。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授