NGNの悲劇──日本は5年後もブロードバンド大国でいられるか短期集中連載 ニッポンのブロードバンド基盤(1/2 ページ)

欧米はテレビや携帯電話をキーワードにブロードバンド化を進めている。携帯電話のビジネスモデルとは反対に、グローバルビジネスにつながる機器ベンダー主導型のIPTVビジネスは、携帯電話でGSMを生み出した欧米ではなく、むしろ日本で生まれた。だが、そこでは、「NGN」を「夢の高度な次世代ネットワーク」として宣伝するNTTの戦略で、IPTV界のGSMが空転するという悲劇も起こっている。

» 2009年03月27日 08時00分 公開
[境真良,ITmedia]
コンテンツ産業論や情報社会論を専門とする境真良氏

経済産業省でコンテンツ産業などの政策に携わり、現在は早稲田大学大学院の客員准教授や国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの客員研究員を務める境真良氏に短期集中連載(全3回)をお願いした。第1回は、日本と世界の携帯電話とIPTV、ブロードバンド大国の将来像、NGNを巡る議論の悲劇をテーマに取り上げる。

日本と世界の携帯電話とIPTV

 「日本はブロードバンド大国である」── これはたぶん常識だ。外国、特に欧州からの留学生は、わたしの講義で、実効速度数十Mbpsの接続環境は日本では当たり前だと聞くと、大概は絶句する。確かに日本のインターネットは安くて速い。

 だが、諸外国が歩みを止めてしまったわけではない。今、世界中でテレビ向け映像サービスのIP化が進んでいる。サービスイメージは多様だが(注1)、とりあえずテレビをIPネットワークに接続して映像サービスを利用することを総称して「IPTV」と呼ぶことにすると、世界はIPTV時代に入りつつあるといえる。伊Fastwebを皮切りに仏FTや独DTなど欧州で積極的な動きがあるほか、米国のVerizon、韓国のKTや中国の中国網通など名だたる通信キャリアがすでにサービスインしている。「トリプルプレイ」(注2)という言葉はすでに耳新しくないが、欧米のブロードバンド戦略は「NGN」と「IPTV」というキーワードで進んでいる(注3)。

 もちろん日本でもフレッツ光やひかりTVをはじめとした相当サービスがあるが、その中で日本市場に特徴的なことは、他国ではキャリアによるサービスモデルでほぼ統一されているのに対して、日本では機器ベンダー主導のサービスモデルである「アクトビラ」が存在することだ。

 読者のみなさんは、これが携帯電話ビジネスと好対照をなしていることにお気づきだろうか。携帯電話ビジネスでは、電話機やシステムの開発が日本ではキャリア主導で進んだのに対し、欧州ではNokiaやEricssonといった機器ベンダーが中心となった。その結果、欧州のGSMシステムは世界中に広がる中、日本のPDCシステムは日本ローカルの規格となった。このことが「ガラパゴス」と揶揄されていることは、みなさんご存じのとおりだ。

 IPTVと携帯電話を比べるなら、どちらの戦略がより合理的であるか、答えは簡単なことだ。アジア、そして世界でIPTV市場を獲りにいくという戦略を考えれば、キャリア主導のIPTVではなく、むしろ機器ベンダー主導型のアクトビラモデルを推し進めることが望ましいのである。

ブロードバンド大国の将来像

 しかし、ことはIPTVに限った話ではない。「CES 2009」においては、PCはさておき、テレビと携帯電話はいかに進化するかというプレゼンテーションが相次いだ。世界中で、ブロードバンドのイメージが、PCから一般的な家電へと変わりつつある。そこではデバイスとサービスとの新しい組み合わせ方が模索されている。IPTVはそうした新しいネット時代の前哨戦なのである。

 その中で、世界中を牽引するのがAppleのiPhone戦略である。iPhoneは端末とネットワークとが深く結びついたビジネスモデルで、キャリア中立なシステムである。Appleにしてみればパケット通信料を十分安くしてくれるキャリアなら、どんなキャリアとも組める。この機器ベンダーがサービスを規定し、世界中に広めていくことで、グローバルなビジネスを生み出すという構図は、携帯電話ビジネスにおける第2のGSMだといってもいいのかもしれない。

 実は、ここにこそガラパゴス論の本質を見出すことができる。なぜPDCがガラパゴスを生み、iPhoneがグローバルにビジネスを作りだしているのか。その理由は、技術的優劣ではない。i-modeを生んだPDCがGSMより劣ることはないし、iPhoneも(デザインは優れているものの)製品だけなら日本のベンダーでも作ることができたはずだ。問題は技術ではなく、世界に単一の製品を売り込んでいこうという事業上の姿勢そのものにある。

 今や規格は広がるものではなく、売り込んでいくべきものだ。

 そういう意味では、キャリア主導の企画開発は世界標準作りからは遠い。そもそも合理的に費用対効果の優れた戦略を採用すれば、国内市場に留まりがちになるというのが、通信キャリアのビジネスの宿命だからだ。

注1 IPTVサービスのイメージは確かに多様なのだが、サービス形態としてCATV型かVOD型か、コンテンツがテレビ放送由来のものかそれ以外のものか、というマトリクスでほぼ整理できる。しばしばIPTVの基本サービスとして紹介される見逃し視聴(キャッチアップ)も、要はテレビコンテンツのVOD型利用のことである。さらに両者をミックスして個々のユーザー向けにカスタマイズした番組配信をするものもあり得るし、そもそも技術基盤が双方向なので、コンテンツそのものが双方向化するというイメージもある。ただし、こちらの方はまだ試行錯誤の途中といったところだろうか。

注2「トリプルプレイ」とは、1つのブロードバンド接続で、PC向けインターネット接続、IP電話、IPTVの3つのサービスを同時に展開する企業戦略を言う。これに携帯電話を加えて、「クアドロプレイ」ということもある。

注3 NGNという言葉はNTTや欧州のキャリアが比較的よく使う傾向があり、米国やアジアの通信キャリアは、NGNというキーワードをあまり使わず、「光ファイバー」、あるいは単に「ブロードバンド」という言葉で表現する傾向がある。しかし、バリエーションはあるものの、だいたいNGNに相当するものと考えてよい。

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