答えは東京以外にある――「洋菓子の経営学」経営のヒントになる1冊

日本一の洋菓子店密度を誇る街で、5年連続の右肩上がり。それを可能にしている要因は何か。「神戸スウィーツ」に学ぶ地場産業育成の戦略。

» 2009年05月11日 08時00分 公開
[ITmedia]

 なぜ、つぶし合いにならないのか。なぜ、共存が可能なのか。なぜ、成長を続けることができるのか。

 神戸、芦屋、西宮の3市を合計した洋菓子店の数は462店。同規模の人口を持つ名古屋市の洋菓子店数は323店。1.7倍の人口を持つ横浜市にも、342店しか洋菓子店はない。阪神間の洋菓子店密度は日本一と言ってよい。

『洋菓子の経営学―「神戸スウィーツ」に学ぶ地場産業育成の戦略』 著者:森元伸枝、定価:1500円(税込)、体裁:四六判 228ページ、発行:2008年1月、プレジデント社 『洋菓子の経営学―「神戸スウィーツ」に学ぶ地場産業育成の戦略』 著者:森元伸枝、定価:1500円(税込)、体裁:四六判 228ページ、発行:2008年1月、プレジデント社

 当然、店舗間競争は厳しい。1995年には阪神・淡路震災により街ごと大きなダメージを受けた。だが「神戸スウィーツ」は、2002年以降、対前年比プラスの成長を続け、今では震災前の水準を上回る。本書では神戸スウィーツの強さと戦略を解き明かしている(収録された御影、岡本、六甲、芦屋の子細な神戸スウィーツ地図、師弟関係がすべて分かる神戸洋菓子職人の相関図は特に興味深い)。

 なぜ、神戸スウィーツは強いのか。キーポイントは大きく3つある。1つは競争と共存を可能にする「人材育成」=弟子の育て方だ。親方の下で修業した若手職人が独立し、店を出すとき、神戸には見えざる不文律がある。その不文律こそが、店舗間のつぶし合いを未然に防くと同時に、若き職人のオリジナリティを高めていったのだ。

 2つ目のポイントは、地元の製粉会社「増田製粉所」の存在だ。単にケーキ原材料の卸元としてだけではなく、あるときは人材供給の仲介者として、スウィーツ業界を支え続けた地元の優良企業である。

 最後は「顧客の水準」だ。近代日本の都市文化を生み育ててきた阪神間の住民は、マスメディアの仕掛けに踊らされ「行列ができる店」に並ぶようなことはない。代々培った舌の感覚は高い水準を保ち、住民間のクチコミネットワークは強力だ。そのネットワークは、師匠の猿真似をしているだけのケーキ店を、あっという間につぶすほどの力を持っている。

 年長者と若手が共存できる仕組み、問屋業に甘んじないB2B業者の戦略性、そして厳しい顧客。この3つがそろったとき、不況や人口規模を言い訳にしない、真に強い地場産業が成立する――と本書は説く。これらの要素は、企業が大き過ぎる都市、人が多過ぎる都市には、もはや手に入れることが難しい武器なのだ。

 洋菓子だから、あるいは神戸だから可能なのだろうか。本書を読了後、全国の地場産業をサーチしようとする人は多いだろう。ヒントを1つ。例えば、島根県松江市には40軒近い和菓子屋がある。1軒あたりの人口は約4500人と、東京の倍近い和菓子屋密度を持つ。Rubyの街には、知られざる「和菓子の経営学」があるのかもしれない。

 本書は「洋菓子業界の仕組みを知る本」として楽しむことも可能である。だが、より深く、「東京以外の場所で闘う発想を得るための本」として読むこともできるのだ。


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