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» 2009年09月02日 08時15分 公開

小松裕の「スポーツドクター奮闘記」:これは戦争ではない、スポーツだ! (2/2)

[小松裕(国立スポーツ科学センター),ITmedia]
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セルビアの青年から学んだこと

 われわれメディカルスタッフには、各競技会場を移動するための車の運転手としてデアンが付いて、世話してくれました。デアンは銀行のお抱え運転手として外国からのビジネスマンのために働いています。世界各国からベオグラードに若者が集うことを聞き、ボランティアに応募したのだそうです。

 競技会場に向かう車の中でいろいろな話をしました。最初はちょっと堅い話が多かったのですが、ある日われわれの車の前をグラマラスなセルビア美女が横切りました。2人とも視線が集中し、お互い顔を見合わせてにっこり。以来、美人が通るたびに、わたしが「彼女もセルビア人?」と聞き、「もちろん、美女はみんなセルビア人だ」と答えるデアン。一気に2人の距離が縮まりました。女性の話題などは世界共通のようで、仲良くなるのに便利な道具です。

 ベオグラードの街には、1999年のNATO(北大西洋条約機構)軍の空爆の跡が至るところに残っていました。最初のころ、彼は気を遣ってか、そのことについて何も語りませんでした。ある日、空爆で崩れかけたまま残っているビルの前を通りかかったとき、知ってはいましたが、あえてデアンに聞きました。

「あの壊れたビルは何?」

 デアンは、ここぞとばかりに語り始めました。

「あれは1999年に米国に爆撃されたビルだ。政府の主要施設や警察関連のビルが爆撃されたんだ。でも、あいつらは病院まで攻撃した。何の罪もない市民や子供、医者や看護婦も皆死んだんだ」

空爆を受けたビル 空爆を受けたビル

 次の会場に行くまでの間に、街中に残る爆撃の跡や誤爆された中国大使館、ユーゴスラビアの指導者であるヨシップ・ブロズ・ティトーが住んでいた家などを見せて回ってくれたのでした。ティトーの死後の政治的不安定、ユーゴスラビア解体、さまざまな民族対立や内戦、そしてNATO軍の空爆。それぞれの立場や主張はあるのだろうけれど、平和を求める気持ちは世界共通のはずです。日本人が外国人にヒロシマやナガサキを見てもらいたくなるのと同じ気持ちで、わたしを連れて回ってくれたのでしょう。

 ちょうどその日の夜、男子バスケットボールのセルビア対米国がテレビで行われていました。競り合いの末、セルビアは2点差で米国に敗れました。会場は超満員、さぞ「憎き米国を倒せ」と観客が応援しているのかと思ったら、米国チームをブーイングすることもなく、良いプレーには拍手を送っていました。ちょっと意外で驚きました。翌日そのことをデアンに話したところ、彼は言いました。


「だってこれは戦争ではない。スポーツだ」


 その通りだ! 世界ではいろいろな宗教や民族、文化の違いがありますが、スポーツはその中で共通のルールをもった、世界共通の文化なのです。スポーツの意義を改めて感じるとともに、自分の役割も再認識したのでした。

デアン(右)と筆者 デアン(右)と筆者

著者プロフィール

小松裕(こまつ ゆたか)

国立スポーツ科学センター医学研究部 副主任研究員、医学博士

1961年長野県生まれ。1986年に信州大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター内科研修医、東京大学第二内科医員、東京大学消化器内科 文部科学教官助手などを経て、2005年から現職。専門分野はスポーツ医学、アンチ・ドーピング、スポーツ行政。



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